高市政権は「ロシアへの宥和」に踏み出したのか?

5月8日、日本政府が5月下旬にロシアへ経済訪問団を派遣する方針を固めたことが報じられた。三井物産、商船三井、三菱商事といった大手商社が参加し、ロシア産業貿易省の高官と経済課題を協議するという。派遣は経済産業省が主導しており、日程は26〜27日が打診されている。

注目すべきは政府の対応だ。木原稔官房長官と茂木敏充外相は4月3日の会見で「事実ではない」と否定していたにもかかわらず、水面下ではロシア側と調整を続けていた。公式否定と水面下の動きの乖離は、この政策転換がいかに政治的に繊細かを物語っている。

高市首相 首相官邸HPより

なぜ今、ロシアなのか

訪露団派遣の直接的な引き金は、イラン戦争によるホルムズ海峡の封鎖だ。中東からのエネルギー輸送に支障が生じるなか、日本はサハリン2からロシア産原油を再輸入し始めた。太陽石油が5月初旬にサハリンブレンドを購入し、出光興産も続いたと報じられている。

慶應義塾大学の鶴岡路人教授が指摘するように、今回の動きには複数の文脈が重なっている。政府は日露関係をどう立て直すか模索しており、経済界はロシアビジネスの将来を見極めたい——再開を望む声だけでなく、「ダメならダメで本格撤退したい」という声も存在する。さらに、欧米企業の一部がすでにロシアへの接触を再開するなか、「出遅れたくない」という焦りが政府・経済界の双方にあるという。

しかし鶴岡教授は同時に、政府に問われる問いを明示する。タイミングは適切か。どのような経済活動のために停戦・制裁緩和が必要条件になるのか。停戦の可能性やあり得る形態についてどんな評価をしているのか。そして日本の国益をいかに設定し、何を根拠に何が可能と判断するのか——これらへの説明なき「動き」は、戦略的思考の欠如を露呈しかねない。

「お目こぼし」の上に成り立つ外交

日本はウクライナを支持しながらもロシアへのエネルギー依存を完全には断ち切らないという矛盾した姿勢を2022年以来維持してきた。サハリン2については米国から制裁免除を受けており、権益が中国に渡ることへの懸念がその維持を正当化する論拠とされてきた。

この構造を東野篤子教授は「お目溢しの外交」と呼ぶ。サハリン2の継続は同志国からの「例外的な容認」の上に成り立っている。ならばその例外はあくまで例外として、政治的に拡張しないことが最低条件のはずだ。ところが今回、外相会談のようなハイレベル接触の模索や経済訪問団の派遣まで視野に入れるなら、「例外はもはや例外ではなく、対ロ関係正常化への地ならしに見えます」と東野教授は警告する。

ウクライナ人の犠牲をあまりにも軽く扱っているとの批判を免れない——東野教授はそう述べる。日本が今守るべきは、ロシアとの関係改善の余地ではなく、困難な制裁体制のなかで日本に寄せられている同志国からの信頼であり、ロシアの侵略に日々耐えているウクライナの人々への最低限の誠実さだ、と。

「反ロ路線維持」と「実利追求」の間で

ロシア側の認識は興味深い。3月時点でロシア外務次官アンドレイ・ルデンコは、高市政権が「反ロ路線を維持している」と述べており、日露関係は悪化し続けていると評価していた。つまりモスクワの目には、現時点の高市外交は宥和的には映っていない。

だが今回の経済訪問団派遣の報道は、その評価を変えうる契機となる。高市政権が「責任ある外交」を掲げながら、制裁の文脈をなし崩しにするなら、それは一貫性の喪失にとどまらず、G7の対露制裁体制そのものへの楔となりかねない。

高市政権の真意は?

高市政権がロシアへ宥和的かどうかという問い自体は、まだ白黒つけられない。だが「動き出した」ことは確かであり、その動き方が問われている。エネルギー安全保障の現実的な必要性を認めつつ、それを原則への例外として明確に位置づけ、政治的に拡張しない――その姿勢を示せるかどうかが、高市外交の真価を問う試金石となる。

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