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「あなたを潰してくる上司は、あなた自身の傲慢さの投影」——フラクタル心理学はそう言う。
最初に断っておく。これ、外で振り回したらアウトな理屈である。現にパワハラで苦しんでいる人に向かって投げれば、ただの二次加害だ。
『わたしを変える魔法 フラクタル心理学でもっと幸せな未来をつくる』(白石美帆 著)同文舘出版
でもこの理論、本人が自分に対して使う分には、けっこうな破壊力を持つらしい。書評の仕事で関連書籍を何冊か読んだが、現場で実践している人の声にはたしかに何かがある。今回は中身を、距離を保ったまま紹介する。
前提はこうだ。「私の世界はすべて私がつくっている」。外の現実は、内側の思考の投影。だから外に敵はいない——いや待って、敵いるが? というのが普通の反応で、私もそう思った。ただし、これを”事実”ではなく”自分の心を扱うツール”と読み替えると、機能する場面がある。
理論は、人生に問題をつくる思考を三つに絞る。「傲慢」「怠慢」「無知」。パワハラを呼ぶのはほぼ「傲慢」だという。しかも本人に自覚がない。
幼いころの傲慢——要は「親より自分のほうが偉い」という勘違いに尽きる、と理論は説明する。子どもは部分しか見ない。親が家族を背負い、職場で頭を下げ、自ら動いて多くを片付けていること、子どもの目には映らない。
だから「この親、わかってない」と決めつける。このループが、大人になったあなたの前に、見下してくる人間を呼び込む——というロジックだ。
処方箋は「思考回路の修正文」。大人の私が、イメージのなかの六歳以下の自分にこう語りかける。
あなた、お父さんやお母さんより自分が上だと思ってるね。でもね、それ勘違いだよ。二人は家族のこともまわりのこともよく見て、自分で動いて多くを解決してきたんだよ。これから素直に従ってごらん。能力が上がる。慕う人が増える。
馬鹿馬鹿しい? うん、最初は鼻で笑う人が多いはずだ。それでも実践者によれば、真面目に繰り返した先で憎しみが消え、感謝に近い何かが残るらしい。
ここからは私見。この理論は、加害者を免責する道具ではない。被害者が自分の心を取り戻すための、本人専用ツールだ。組織問題を心理に還元するのも違う。違法なハラスメントは法と制度で殴るしかないし、それは絶対に揺らがせてはいけない一線だ。労基署に駆け込むべき場面で「自分の傲慢チャイルドが」と内省を始めたら、ただの自己破壊である。
そのうえで、私は思う。法的な決着がつき、加害者と物理的に離れた後にも、心のなかの上司は意外なほど長く残る。
何年経っても夢に出てくるあの声、ふとした瞬間に蘇る屈辱——そこに法律は届かない。「自分のなかの傲慢チャイルド」という補助線で過去を見直す視点が刺さるのは、たぶんその領域だ。外の戦いが終わってからの、内側の片付け。
耳の痛い言葉ほど本物——そう。ただし他人に向かって振りかざした瞬間、それは凶器になる。あくまで自分のために使う。扱い注意の理論ではある。
※ ここでは、本編のエピソードをラノベ調のコラムに編集し直しています。
尾藤克之(コラムニスト、著述家、作家)
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コメント
パワハラって受けたことない気がします。
どちらかというとえこひいきされてそれが周りからのバッシングになって苦しむことは多々あります。
「憎まれてます。かわいくて上品で毎回ステキなお洋服ばかり着ていくので
みんなから憎まれてます。。
理由がわからないの。。
かわいくて上品だから
憎まれてる。(大泣き)」
そんな時 いつも庇ってくれる上の方、先生方、素敵な男性に目をかけられてしまいます。
狙ったワケではないのに。
いつもぽつんとひとりでいてます……
みんなから浮いてるかしら?いいの、もういいの、はきだめの鶴で。壁の花で。
「あっ!いいんです、私は末席で、ここでじゅうぶんです、今日は皆さんの壁の花で」と言うと「まだモテたいワケ?」って怒鳴られました。どうしたらいいですか?(大泣き)