「何も言わない上司」が一番怖い理由

黒坂岳央です。

「怒らない上司が理想」という考えが広まっている。

圧をかけてこない、詰めてこない、ミスをしても感情的にならない。そういう上司のもとで働きたいというのは、多くのビジネスパーソンに共通する本音だろう。

だが、その「怒らない上司」にも2種類いる。温厚で部下の成長を考えている上司と、期待値をゼロに設定して静かに放置する上司だ。本稿では後者を取り扱う。

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怒らない上司の本質

怒らない上司はなぜ怒らないのだろうか?彼らは「怒りを我慢している」というより、相手への期待値をゼロなので怒らないという方が正しい。

期待値がないというとマイナスに聞こえるが、実際には仕事は任せている。これは一見矛盾するように思えるが、実は両立する。期待していないが任せる。部下が持ってきた成果物で、彼らが今後、部下にどんな仕事を振るかを考えるということだ。

彼らは期待していないから、結果が出なくても怒らない。怒りとは期待が裏切られたときに生じる感情だ。最初から期待値がゼロであれば、怒りは発生しない。

部下は「この上司は懐が深い」と感じるが、上司の内側では何も言わないまま静かに採点をしている。

手を抜くと恐ろしい事が起きる

そして問題はここからだ。

上司は怒らないから、部下は安心する。人によっては手を抜きはじめる。でもまったく咎められない。締め切りをギリギリで出しても、クオリティが低くても、上司は穏やかなままだ。部下からすると「余裕のある職場」「優しい上司」と解釈しがちだが、実際には恐ろしい事が起きている。

上司は怒らないし、何も言わない。だが彼らは観察は続ける。

手を抜いた仕事、低いクオリティ、受け身の姿勢。それらはすべてデータとして蓄積される。上司の中で「なるほど、この人材はこのレベルか」という評価が静かに進む。そしてどんな仕事を振るか?が決定する。

高度な判断を要する仕事、成長につながるプロジェクト、会社の中枢に近い業務。そういった仕事は評価に見合う人材に振られるようになる。一方でサボった部下には誰でもできる穴埋め作業、問題が起きない定型業務、失敗しても損失が軽微なタスクが振られる。

人によっては「この会社の仕事はやりがいがない。こうなったら静かな退職をしてやる」となるが、実は会社に復讐しているつもりなのは本人だけで、会社や上司は静かな退職をしても困らない仕事しか振っていない「静かな解雇」という状態が起きているのだ。

本人が気づかない構造

この罠の最も難しい点は、被害者が被害を認識できないことにある。

怒られていない。仕事はある。給与も出ている。職場の雰囲気も悪くない。目に見えて大きな問題が起きていないので誰も何も言わない。

気づくのは数年後、あるいは十年後だ。転職しようとしたとき、市場に出てみたとき、あるいはリストラに遭ったときに初めて、自分が積み上げてきたスキルの薄さに直面する。同年代の同僚と比べて、自分だけが「年齢に見合わない経験値」しか持っていないという現実を突きつけられる。

なぜそうなったのか?それは手を抜いても怒られず、慢心したからだ。そして慢心したから成長機会を逃すに任せた。そして上司はその様子を静かに観察し、それに見合った仕事だけを振り続けているというわけだ。

この恐ろしい状況が日本全国の職場で起きている。静かな退職と静かな解雇の同時発生である。

世界のどこを見渡しても、上司より強い部下はない。上司には決裁権や実質的な人事権もある。彼が何も言わないからといって慢心すると損をするのは自分だ。

怒られる内が華

「怒られる内が華」という言葉がある。筆者は仕事が出来ない部下だったので、上司によく叱られた。怒鳴られたり、分厚い会計資料のバインダーを投げられたこともあった(当たらなかったが)。

仕事が落ち着くと上司に飲みに連れて行ってもらったが、その時に「怒るのは期待しているからだよ」と言われた。「上司であるあなたがそれをいうか」と腹が立ったものだが、でもこれは本心なのだと思う。

自分の他に働いていた部下は完全に見限られており、上司は何も言わず自分だけが厳しい指導を受けた。今の時代はすぐパワハラ認定される時代だが、当時の上司はもう一人の部下に「静かな解雇」をしていたのだと今ならわかる。

そうはいっても怒られているうちは大変なのは事実だ。上司から詰められ、プレッシャーをかけられる。高い水準を要求してくる上司は、感情的に未熟な部分があるかもしれない。だがそれは「伸びしろのある人材」と見ている可能性がある。この段階で結果を出せば、「なかなかやるな」とより高度な仕事が投げられる。それを対処し、また投げられる。

でもこの繰り返しの先にしか市場価値の高い人材になるルートはない。筆者は要領も悪く、周囲に迷惑をかけてしまったことは多かったが、叱られても腐ることはしなかったので上司は怒りながら高度な仕事を振ってくれた。今振り返ると上司なりの温情だったのだと思う。

自分でやったほうが早いはずなのに、部下の成長を見込んで投げてくれた。それが本来の上司の育成投資というものだ。

だから自分は「一言も何も言わない上司」が「怒らない上司」よりはるかに怖い。実際、放置されていた同僚はその立場で自分は叱られる立場、見捨てられる立場を両方見てきたのでその怖さがわかるのだ。

怒られなくなったとき、それは成長したからではないかもしれない。評価が確定し、投資が終わったサインかもしれない。

「最近、上司に何も言われなくなった」という状態を、居心地の良さとして受け取るのは危険だ。それはあなたへの興味が失われたことを意味している場合がある。

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なめてくるバカを黙らせる技術」(著:黒坂岳央)

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働き方・キャリア・AI時代の生き方を語る著者・解説者
著書4冊/英語系YouTuber登録者5万人。TBS『THE TIME』など各種メディアで、働き方・キャリア戦略・英語学習・AI時代の社会変化を分かりやすく解説。

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