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正直、もう聞き飽きた。
「疲れがとれない」「気力が湧かない」「眠りが浅い」。こうした不調を訴えて病院に駆け込む。検査をする。結果、「異常はないので様子を見ましょう」。あとは睡眠導入剤と精神安定剤がポンと出てきて、はい終わり。
『医師が教える「健幸」になる休み方 沖縄式リトリート』(城所望 著)三笠書房
これを医療と呼ぶのか。私は呼ばない。
別に医師個人を責めたいわけではない。彼らも忙しい。三分診療の現場で、原因不明の倦怠感を一人ひとり丁寧に掘り下げる時間など、現実問題、ない。わかる。わかるが——それで処方される薬を、本人は十年、二十年と飲み続けることになる。これは、本当に「様子を見た」結果なのか。
最近、ようやく欧米では「自然欠乏症候群(Nature-Deficit Disorder)」という概念が市民権を得つつある。米国の著述家リチャード・ルーブが2005年に著書『あなたの子どもには自然が足りない』で提唱した。当初は子ども向けの議論だった。ところが現在、大人の不調にこそ当てはまるのではないかという見立てが広がっている。
それはそうだろう、と思う。一日中パソコンの前に張りつき、夜はスマホのブルーライト。冷暖房の効いた部屋で、季節感ゼロの惣菜を食べる。人間が自然の一部であることをここまで否定した生活をしておいて、心身が悲鳴を上げないほうがどうかしている。
ヒポクラテスが2500年前に言った。「人間は自然から遠ざかるほど、病気に近づく」。古代ギリシャ人にすら見えていたことを、現代医学は薬で覆い隠そうとしている。皮肉な話だ。
私が暮らす沖縄の島には、本土から疲れ切った観光客がよく訪れる。先日も、都内のIT企業に勤める鈴木さん(仮名)という人がいた。毎年、西表島の自然に癒やしを求めて来ていた。彼が言うのだ。「島では元気になれるんですが、東京に戻るとまたすぐ疲れてしまうんです」と。
そりゃそうだろう。問題は東京なのだから。
だから私は、彼に処方箋を渡した。薬ではない。
朝、太陽の光を浴びる。昼休みに、近くの公園を「5分だけ」歩く。以上。一か月後、便りが届いた。「一週間で眠りが深くなり、日中のだるさも消えました」。
ほら、それだけのことだ。月数千円の薬代より、5分の散歩のほうが効く人間は、たぶん想像以上に多い。知らんけど。
自然こそが、最も身近な薬であり、最高の主治医である。これは比喩ではない。
※ ここでは、本編のエピソードをラノベ調のコラムに編集し直しています。
尾藤克之(コラムニスト、著述家、作家)
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