日本企業って安易に人件費を削るようになったからオワコンになったの?と思った時に読む話

城 繁幸

先日、X上のトレンドに「失われた30年の原因は日本企業の人件費カット」なるお題が上がっており、盛んに議論が交わされておりました。

一応フォローしておくとそれ自体は間違いではないんですがついてるリプや議論を見ていると

「だから企業はもっともっと積極的に賃上げするべきだった」
「派遣は禁止で。非正規雇用も即正社員化を」

みたいに受け止めている人がほとんどで、結論はいつもの「新自由主義ガー」で終わりというなんともアレな流れになってしまってますね。

まあ40代以上でそんなの信じちゃってる人は今さら手遅れなんで別にそれでもいいですけど、若い世代が信じちゃうと良くないですね。

というわけで簡潔に論点をまとめておこうと思います。

日本企業に足りないものは“賃上げ”ではなく“新陳代謝”

まず、日本企業が90年代からそれ以前と比べ人件費を絞り出したのは事実ですが、それは政府が「定年の引き上げ」「社会保険料の引き上げ」を繰り返した影響が大です。

たとえば定年ですが90年代に55→60歳、2010年代以降に60→65歳への実質的な引き上げが行われ、現在は70歳雇用が努力義務とされています。

「70歳については努力義務なので努力さえすればいいのでは?」みたいに言う人もいますが、少なくとも大手は実行しないと何言われるかわからないので70歳まで雇用する覚悟でいますね。

日本は終身雇用なので定年まで雇える程度の賃金に抑える必要があります。その定年を引き上げれば当然賃金には強い引き下げ圧力がかかることになります。

また、社会保険料は本人負担か会社負担か関係なしにトータルで人件費からねん出されていますから、それが増やされればやはり賃金を抑圧することになります。

【参考リンク】サラリーマンが目先のベアより社会保障の抜本改革を要求すべき理由

サラリーマンが目先のベアより社会保障の抜本改革を要求すべき理由 : Joe's Labo
先日、大企業の健康保険組合の保険料の引き上げが相次いでいるというニュースが話題となった。高齢者医療制度に支援金を徴収されているのが原因で、実は健保組合の保険料収入の半分ほどはすでに高齢者医療制度に回されていたりする。消費税はたった3%引き上...

さらに言えば、日本は既に上がっちゃってる人の賃金の引き下げも出来ないので、その分も誰かが被ることになります。

たとえば「定年が5年延びて、その間の社会保険料も5%引き上げられたんだけど、もう昇給終わって上がり待ちの50代の人の賃金は下げられない」という場合。

その先輩方の分も含めてこれからの世代が負担することになります。具体的には若手の昇給抑制と正社員から非正規雇用への置き換えなどですね。

というわけで、人件費の引き下げ圧力が強まったのは事実ですが、それは経営者の資質とか新自由主義とかそういうイミフなものではなくて単に政策の結果だということです。

あ、このトレンドは現在も続いてますね。筆者は現在「定年後再雇用の際の賃金引き下げに関する裁判」に注目しています。

【参考リンク】再雇用、大幅減給は「不合理」 教習所に支払い命令 高裁差し戻し審

再雇用、大幅減給は「不合理」 教習所に支払い命令 高裁差し戻し審:朝日新聞
定年後の再雇用をめぐり、仕事内容は同じなのに、基本給などの賃金を大幅に減額されたことが不当だとして、名古屋自動車学校(名古屋市)の元教習指導員の男性2人が差額分の支払いなどを求めた訴訟の差し戻し審で…

SNS上でのレスを見てると「定年を理由とした賃下げは可哀そう」「いずれみんな定年になるんだから」(“おま老”ならぬ“おま定”)みたいなのが多い印象です。

でも当たり前ですけど、同種の裁判で「定年を理由に賃下げはアウト」という判例が続けば、企業は「だったら定年後に賃下げしなくても済むように最初から賃上げを控えよう」となるはずです。

言うまでもないことですが↑のどこにも「強欲なグローバリスト」も「新自由主義者」も出てきません。

「規制を増やせば増やすほど賃金が下がる」という社会実験がリアルタイムで見られるのでオススメですね。

ただ、一点付け加えておくと、筆者は人件費を削ったこと自体は問題の本質ではないと考えています。

賃金には常に引き下げ圧力がかかるものなんですね。技術もスキルもどんどんチープ化しますから。

工場が海外に移転するのも当然のことです。先進国はどこもそれを乗り越えて次のステージに進んでいるわけで。

だからそれらの流れを強引に止めても、ゴーン前の日産やSHARPみたいになる企業が増えただけだったはず。

むしろ問題の本質は、より稼げるビジネスモデルに組織も人も軸足を移せなかったこと、要は新陳代謝が進まなかったことでしょう。

具体的に言うと、企業は将来性の無い事業をさっさと畳んで有望な新規事業に人もリソースも投入、人事制度は何歳からでも成果次第で大きな報酬が期待できるものに刷新、そして個人はその中で“消化試合”とは無縁なまま挑戦し続ける……

そういう意味ではやはり年功序列とそれを柱とする終身雇用制度を逆に強化し続けてしまったことが(人件費云々を別にしても)決定的な要因だったように思います。

まとめると、日本企業が人件費を渋りだしたのも、旧態依然としたビジネスモデルに安住し続け失われた30年が生まれてしまったのも、政府が規制緩和ではなく終身雇用を強化してしまったことが原因ということです。

そしてそれを支持してきた日本人自身が戦犯ということになります。

それをいまだに新自由主義ガーとかコストカットしか知らない経営者ガーとか人のせいにしている人たちって、典型的な他責思考だと思いますね。

将来あるビジネスパーソンは反面教師としましょう。

以降、
理系エリートのメーカー離れの理由
組織や社会がリスクを取らないなら個人で取るしかない

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Q:「社内教育はトップダウン?それともボトムアップ?」
→A:「人間は必要性を認識していないとなかなか身が入らないんですよね」

Q:「女性が理系を避ける理由とは?」
→A:「滅私奉公しなくて済むコースが文系限定ですしね」

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編集部より:この記事は城繁幸氏のブログ「Joe’sLabo」2026年5月21日の記事より転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はJoe’s Laboをご覧ください。

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