Nature誌の10年前の警告:「医薬品早期承認制度」の結果は打率ゼロ

Alena Butusava/iStock

前稿では、日本の医療保険には低価値医療を排除する「出口」がないことを示した。レケンビのように通常承認された薬は、最大15%の値下げで保険に残り続ける。費用対効果評価は「払わない」ための制度ではなく「払うが値下げする」ための制度である。

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ただし、もう一つの制度がある。アムシェプリ、アクーゴ、エレビジスが用いている「条件及び期限付承認」である。これは形式上、出口を持つ。承認時に7年以内の期限が付され、その間に有効性が確認できなければ、承認は失効し、薬価基準から削除される。

つまり日本の制度は、出口を持っていないわけではない。少なくとも再生医療等製品に限れば、出口は形式上存在する。

問題は、その出口が、これまで実際にどう機能してきたかである。

なお本稿で「打率ゼロ」と言う場合、それは制度導入以降、期限を迎えて本承認の可否が判断された品目に限った比喩である。期限内に審査中の品目や、これから期限を迎える品目は含まない。

完了した2例、結論はいずれも「失敗」

2014年に薬機法が改正され、条件及び期限付承認制度が導入された。2015年に最初の品目「ハートシート」(テルモ、重症心不全用)が承認され、以後、ステミラック(ニプロ、脊髄損傷用)、コラテジェン(アンジェス、慢性動脈閉塞症用)、デリタクトと続いた。

このうち、2024年までに期限を迎え、本承認の可否が判断された品目は2つある。ハートシートとコラテジェンである。

両者の結末は、ほぼ同じだった。

ハートシートは2015年9月に条件及び期限付承認を取得し、2016年から販売された。当初の期限は5年、その後3年延長され、合計8年間保険適用された。1回の治療費は約1,500万円。市販後の使用成績調査49例のデータをもとに、2023年9月に本承認を申請した。

2024年7月19日、厚生労働省薬事審議会再生医療等製品・生物由来技術部会は、ハートシートの本承認を「適切ではない」と結論した。テルモは申請を取り下げ、薬価は2024年8月に基準から削除された。

審議会の評価は厳しいものだった。主要評価項目である「心臓疾患関連死までの期間」について、ハートシート群の優越性は示されなかった。それどころか、対照群との比較ではハザード比1.9という結果だった。つまり、ハートシート群のほうが対照群より心臓関連死のリスクがおよそ2倍高い可能性が示された。副次評価項目である左室駆出率の改善でも、対照群より優れた結果は確認できなかった。

コラテジェンの結末も似ている。2019年に条件及び期限付承認を取得し、5年間販売された。その間に行われた市販後調査では、治験時に示されたとされた有効性を再現できなかった。アンジェスは2024年に本承認申請を取り下げ、薬価は同年7月に削除された。

つまり、条件及び期限付承認のもとで期限を迎え、結論が出た品目は、2例とも失敗している。本承認に至った例はゼロである。打率はゼロ割である。

残るステミラック、デリタクト、そしてアムシェプリ世代

期限内にある品目はまだ判断が出ていない。

ステミラックは2018年12月に条件及び期限付承認を取得し、7年の期限が満了する直前の2025年11月14日、ニプロが本承認を申請した。札幌医科大学と共同で市販後の使用成績比較調査を行い、その結果に基づく申請である。結論はまだ出ていない。

デリタクトは2021年6月に承認され、期限は2028年6月まで残っている。

そしてアムシェプリ、アクーゴ、エレビジスが、これらに続く条件及び期限付承認の新世代である。いずれも7年の期限を持っている。

サンプルサイズは小さいが、現時点で結論が出た条件及び期限付承認は、いずれも本承認に至っていない。

「仮免許」のまま走り続けた8年間

ハートシートの8年間は、何だったのか。

8年の間、ハートシートは保険適用された医療として、虚血性心疾患による重症心不全患者に提供され続けた。1回約1,500万円。使用成績調査では49例が確認されている。

これらの患者は、開胸手術と骨格筋採取手術というリスクを引き受けた。1人あたり約1,500万円の医療資源が個別投入された。結果として、対照群より心臓関連死リスクが高い可能性が示された。

その間、患者と家族は「世界初の心不全治療用再生医療製品」「日本発技術」という説明を受けていた。心臓移植のドナー不足のなかで、新たな治療選択肢として期待されていた。大阪大学心臓血管外科の澤芳樹教授らが開発した心筋細胞シートを元にした、産学官連携の象徴的プロジェクトとして紹介されていた。

その期待が裏切られたとき、患者と家族は何を得たのか。失敗のコストは、誰が負担したのか。

製造販売したテルモは、2024年7月の不承認決定を受けて販売終了を発表した。会社としての陳謝はあったが、それまでの売上が返還されることはなかった。8年間の保険給付分は、保険料納付者と税負担者が引き受けたまま、何の補填もなく終わった。

これがNature誌が2016年時点で警告していた事態である。同誌は「将来、早期承認制度によって承認された製品に効果が見られないということが、きっと起こる。そのときはどうなるのだろう」と問い、「有効性のない治療法に最大450万円を支払った患者がいても、補償はないと企業の役員や政府関係者は話す」と書いた。10年後、警告は的中した。

エレビジス——失敗の構造をなぞる新世代

そして今、同じ構造の中で、より大きな金額の薬が次々に保険収載されている。

エレビジスは2026年2月20日に保険適用された。薬価3億497万2,042円、国内最高額である。デュシェンヌ型筋ジストロフィー(DMD)治療の遺伝子治療薬で、ピーク時に年37人、113億円の市場規模が見込まれている。

エレビジスについて確認しておくべきことは、4点ある。

第一に、国際共同第III相試験で主要評価項目は達成されなかった。歩行可能なDMD患者の運動機能を評価するNSAA総スコアについて、プラセボ群との群間差は0.65、95%信頼区間は−0.45から1.74、p値0.2441である。統計的有意差は確認できなかった。

第二に、欧州医薬品庁(EMA)の諮問機関である欧州医薬品委員会(CHMP)は、2025年7月、エレビジスをEU内で販売しないよう勧告した。つまり欧州では、税で支える公的医療どころか、販売自体が拒否されている。

第三に、それでも日本は条件及び期限付承認で保険収載した。費用対効果評価については、有効性が「推定」段階のため確定データが不足しているとして、本承認時に改めて評価する、いわば「先送り」処理がなされた。

第四に、ピーク時年37人という小さな対象患者数であっても、市場規模は113億円に上る。これが住友ファーマのアムシェプリ、サンバイオのアクーゴと並列に保険収載されている。

エレビジスは、ハートシートの「治る」期待が裏切られた構造を、別の疾患領域でなぞる位置にある。主要評価項目で有意差が出ていない治療が、3億円の薬価で保険適用された。市販後にデータが集まれば、本承認に至るかもしれない。だが、その間の数年〜7年間、保険料納付者と税負担者は3億円の薬を払い続け、患者は単回投与の遺伝子治療を受け、その効果は推定にとどまる。

ハートシートで起きたことが、これからエレビジスで起きないと、誰が保証できるのか。

中医協は気づいている、だが踏み込まない

2025年10月15日、中医協合同部会(費用対効果評価専門部会・薬価専門部会・保険医療材料専門部会)は、条件期限付き再生医療等製品の診療報酬上の算定方法の見直しを議論し始めた。

支払側委員は明確に発言している。「『取り下げ→保険適用からの削除』が今後も現れるようであれば、さらに厳しい対応を検討しなければならない」と。診療側委員も「条件・期限付き承認は、いわば仮免許であり、本承認前の取り下げ、失効が発生しないように関係業界に期待する」と述べた。

業界団体「再生医療イノベーションフォーラム」の代表理事会長は、2025年10月29日の意見聴取で「関係各位に多大なるご迷惑とご心配をおかけしたことを深くお詫びする。業界として重く受け止め、再発防止と信頼回復に取り組む」と陳謝した。

問題は、議論の方向である。

中医協で検討されているのは、条件付き期限付承認の段階で「有用性加算」を当初は付与しない、つまり通常承認製品との価格算定の差別化である。これは入口での薬価をやや抑える話であって、出口での償還可否を見直す話ではない。

つまり、ハートシートとコラテジェンの2例の失敗を経験してもなお、日本の制度は「払うが値下げする」という枠組みから出ようとしていない。NICEのような独立評価機関による償還可否判断という、制度の根本的見直しは検討されていない。

だが、より上流の財政当局では、認識がさらに踏み込んでいる。2026年5月、財務省主計局の担当主査は、薬事承認された医薬品が費用対効果の検討を経ずに無条件で保険収載される現状を「特権的」と表現した。新幹線や道路などの公共事業が予算制約の中で費用対効果に基づいて事業内容を判断されるのに対し、医薬品だけが財政規律の外側に置かれている、という指摘である。

公的財源でファイナンスされる以上、費用対効果評価の活用は不可欠だ、というのが財政当局の議論の出発点だとも述べた。さらに高額薬剤については、民間保険の活用を検討する必要性にも言及した。

つまり、本稿が論じている問題意識は、一論者の過激な主張ではない。予算編成の中枢である財政当局においては、既に共有されているものである。問題は、その認識が制度の出口設計に反映されるかどうかである。

中医協が入口の加算抑制で議論を止めている間に、財政当局は「そもそも無条件収載が特権的だ」というより根本的な問いを投げかけている。

財務省・永安主査 公的財源の活用「費用対効果は絶対不可欠」 医薬品の薬事承認後即収載は「特権的」 

財務省・永安主査 公的財源の活用「費用対効果は絶対不可欠」 医薬品の薬事承認後即収載は「特権的」 | ニュース | ミクスOnline

米国FDAとの比較

参考までに米国FDAの実績を見ておく。FDAのAccelerated Approval(迅速承認)制度は、日本の条件付き期限付承認と類似の仕組みである。

1992年から2022年までに承認された167件の抗がん剤迅速承認のうち、2024年8月時点で本承認に至ったのが102件(61%)、取消が31件(19%)、継続中が34件(20%)である。サンプル数が桁違いに大きいが、それでも約2割が取消されている。

日本は、結論が出た2例で2例とも失敗である。サンプル数が小さいので比較には限界がある。だが、これまでの傾向としては、FDAが迅速承認を取り消す事例が多数あるのに対し、日本では「企業が自主的に取り下げて陳謝する」という形でのみ失敗が処理されている。

米国では取消後、患者団体や訴訟が伴うこともある。日本では、企業が陳謝すれば終わる。

出口は形式上ある。だが運用されない

整理する。

日本の条件付き期限付承認は、形式上は出口を持っている。7年以内に有効性が確認できなければ薬価削除という出口は、確かに制度に組み込まれている。

しかし、その出口が実際に機能してきた実績は、これまで結論が出た2例で2例とも「失敗確定後の事後処理としての薬価削除」だった。本承認に至ったものはまだ存在しない。失敗時に企業が負うのは、陳謝と販売終了のみで、それまでの売上は返還されない。

そして、この実績を経たうえで、なお同じ制度のもとで、エレビジス3億円、アクーゴ7,271万円、アムシェプリ5,530万円が連続して保険収載されている。中医協は問題に気づいているが、議論は「入口での加算抑制」にとどまり、出口の運用見直しには踏み込まない。

つまり日本の出口は、制度上は存在するが、運用としては機能していない。失敗の責任を取る主体が制度設計上不在であり、その不在が制度の存続そのものを支えている。

なぜ、誰も出口に責任を取らないのか。それは、出口を機能させることが、ある主体たちにとって明確な不利益になるからである。誰がその主体たちなのか——それを、次稿で見ていく。

(次回につづく)

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コメント

  1. 早川蒼真 より:

    この記事の核心は「新薬を敵視せよ」ではなく、「仮免許のまま公道を走らせるなら」という点にあります。

    記事の問題提起には、かなり賛同します。
    とくに重要なのは、条件及び期限付承認という制度が失敗した場合の費用と責任がきわめて曖昧なまま残されている点です。

    企業や研究者が難病治療に挑戦すること自体は、むしろ社会として支えるべきです。
    しかし、そのことと「有効性が推定段階の医療技術を、通常承認品とほぼ同じように公的保険で払い続けてよいか」は別問題です。
    記事が指摘するハートシートとコラテジェンの結末は、まさにそこを突いています。
    形式上は出口がある。
    しかし実際には、何年も保険で支払われ、最後に本承認に至らず販売終了や薬価削除となっても、それまでに投じられた保険料や税金は戻らない。
    企業は陳謝し、制度側は「今後検討する」と言い、患者と納税者だけが不確実性のコストを引き受ける。
    この構造はやはりおかしい。
    とくにハートシートで対照群よりハザード比1.9という結果が示されたことは、財政だけでなく安全性の観点からも重大です。

    重篤な疾患に対して既存治療では救えない患者がいる以上、一定のリスクを取ってでもアクセスを確保する判断には、医療倫理上の意味があります。
    ただし、それは甘い制度を放置することではありません。
    むしろ早期承認を残すためにこそ、出口を本当に機能させる必要があります。
    たとえば、条件付き承認段階では薬価を抑え、本承認後に有効性が確認された場合に加算する。
    効果が確認できなければ、企業に一部返還や価格調整を求める。
    投与後の成績を全国レジストリで公開し、患者にも「これは本承認前の治療であり、有効性には不確実性がある」と明確に説明する。
    さらに一定期間後に第三者機関が費用対効果と臨床的有用性を評価し、保険償還の継続・縮小・中止を判断する仕組みが要ります。
    必要なのは成功報酬型薬価や、売上の一部をエスクロー的に留保し、本承認に至らなかった場合に限り段階的に返還する仕組みなど、リスクシェアリングの現実解です。

    承認するなら、なぜ公費で支えるのか、どの患者に限るのか、どのデータが出なければ撤退するのか、失敗した場合の費用負担をどうするのかを、最初から明文化すべきです。

    「薬事承認」と「保険でいくら払うか」をきちんと分けることです。
    安全性・有効性を薬事で見ることと、公的財源で支える妥当性を見ることは、本来は別の判断です。
    承認されたのだから自動的に高額でも保険で払う、という慣行を続ける限り、同じ問題は繰り返されます。

    国民皆保険は、無限の財布ではありません。
    1件3億円級の薬が複数出てくれば、対象が数十人でも財政影響は無視できず、その負担は他の医療へのしわ寄せとして現れます。
    透明なルールが必要なのです。

    企業の利益は守られ、失敗の請求書だけが国民に回る制度には反対です。
    早期承認を続けるなら、出口、返金、価格調整、第三者評価、情報公開をセットにすべきです。