ホンモノの臨床人文主義 vs ニセモノの令和人文主義

ある人が「臨床人文主義」というジャンルを提唱するのを聞いて、なるほどなぁと思った。狭い意味の医学書ではなく、(主にメンタルの)ケアや治療から見える知見を鍵に、人間社会の本質を探究する著述を指すものだ。

なぜ「予言者もどき」の怪しい専門家がここまで増えたのか|與那覇潤の論説Bistro
多事と病気でご報告が遅れたが、昨夏に行った講義の動画が10ミニッツ・アカデミーで配信されている。当時はまだ「参政党の躍進」が、内外で最大の政治ニュースとされていた平和な頃だ。 が、そこで話した内容が、想定しなかった方向でその後の時代を言い当...

そんな提案が出るのも、自然科学が暴走し人文的な価値を踏みにじるのを黙って見ていながら、「もう売れた本が “人文主義” だぜうおおおお!」と叫ぶ、あさましい空気が業界にあるからだろう。ほとほと呆れた話である。

人文学者が "詐欺師" になるとき: 令和人文主義という『青の時代』|與那覇潤の論説Bistro
国家さえなければ人は自由に生きられるとするアナーキズム(無政府主義)の青写真を掲げ、目下の国家体制を全否定するといった論調も、2010年代の後半から流行してきました。しかしそうした識者が、「国家」による個人の生への統制がかつてないほど強まっ...

平成の終わり(2018年)に当事者研究の形で、メンタルの体験から「時代の病」をどう捉えるかを論じたぼくも、まぁ臨床人文主義のハシリなのかもしれない。実際に令和に入ってからも、そんな診断を続けてきている。

稀代の知性が傷つき、倒れ、起き上がるまで『知性は死なない 平成の鬱をこえて 増補版』與那覇潤 | 文春文庫
稀代の知性が傷つき、倒れ、起き上がるまで 気鋭の歴史学者を三十代半ばに重度のうつ病が襲う。回復の中、能力主義を超える社会のあり方を模索する。魂の闘病記にして同時代史。『知性は死なない 平成の鬱をこえて 増補版』與那覇潤

秋に出す『なぜ「まちがえた」と言えないのか』でも、視聴者が正誤を問わず専門家の断言を “絶対視” してしまう、コロナ禍以来の現象を、依存症として捉える観点から掘り下げている。

どんな風に臨床の知をそこで使うかは、これまでもチラ見せしてきた。

いったい誰がなぜ、SNSで学問を「ポピュリズム化」したのか|與那覇潤の論説Bistro
3/5の文藝春秋の配信でも述べたが、トランプのイラン攻撃はいよいよ『西洋の敗北』を決定づけたようだ。西側の最大の売りだった「ルールに基づく国際秩序」を自ら放り出したのだからあたり前だが、実態はよりひどかった。 米国での報道によると、プーチン...

発売中の『表現者クライテリオン』7月号に対談(後編)が載っている、カウンセラーの信田さよ子さんは1970年代、まさに依存症の臨床からキャリアを始めた人だ。そこでうかがった体験は今日、とても示唆が深い。

戦後の日本は “平和” な社会で、もちろんそれはいいことなのだが、結果として「心と社会」の捉え方にも、固有のバイアスを生んだ面がある。

表現者クライテリオン2026年7月号 | 表現者クライテリオン

信田 70年代初頭に私が精神科の病院でアルコール依存症の患者さんから聞かされた話の多くが満州での従軍体験だったんです。今から思えば、彼らの飲酒の背景に戦争トラウマがあったことの証左だったのですが、当時はまったく思いが及びませんでした。……1958年に誕生した断酒会の理念にも、「戦争の影響」などは一切見当たりません。
(中 略)
アルコール依存症の背景は働き過ぎだとされ、戦争のせの字もなかったんです。昨年は戦後80年という区切りの年で、戦争から帰ってきた男性たちの子供世代の人たちの証言によって、戦争トラウマの悲惨さが初めて注目されましたよね。それを考えると、なぜ60年代の断酒会に一切戦争の影がなかったのか、すごく興味深いです。

與那覇 過去の戦争に触れるのは「タブー」な上に、将来も戦争は「しない」ことが前提になっていた。いちばん人の心を病ませるのは戦争なのに、その体験から隔離された状況で、戦後日本の心理学は形成されたと。まさに箱庭的というのか……。

信田 そうです。あれはやはり異様でしたね。戦争に対して無菌室のような状態だったと思います。

129-130頁
表記を改め、強調を付与

思い出すのもつらいトラウマなので、本人が記憶を無意識へと押し込み「忘れたことにする」メカニズムが抑圧だが、個人でなく学問ぐるみ・社会ぐるみでそれが起きることは、現にある。

対談でも議論するとおり、アメリカでは60~70年代のベトナム戦争を通じて、精神医学でPTSDの概念が練り上げられ、1980年には正式な病名に採用される。つまり歴史と現在、社会と心は、切り離されていない

ところが日本は平和だったぶん、誰もが体験したはずの戦争を「いま」の症状とは切り離し、過去(のトラウマ)が現在を支配するという視点に気づくのが遅れた。歴史の忘却はその意味で、戦後の最初の日から始まっていた。

歴史はもう「皇室だけの家業」になったのだろうか(鼎談動画2本です)|與那覇潤の論説Bistro
時代が時代を「キャンセルする」ということが、あるのかもしれない。 焼け跡から始まった戦後という時代に、「戦前のキャンセル」という側面があったことは事実だろう。その戦後の価値観を否定することにだけ情熱を傾けるいまの政権は、80年後に来た「キャ...

日本で「PTSD元年」と呼ばれるのは、戦後50年でもあった1995年である。同年1月の阪神・淡路大震災により、被災者の心のケアが注目を集めたためだが、そこにも秘かな盲点があった。

たとえば河合隼雄は、同年11月に行った村上春樹との有名な対談で、「ぼくははじめから予言していたんですが、PTSDは欧米などにくらべると少ないです」(25-6頁)と言っている。なぜか。

『村上春樹、河合隼雄に会いにいく』 河合隼雄、村上春樹 | 新潮社
村上春樹が語るアメリカ体験や1960年代学生紛争、オウム事件と阪神大震災の衝撃を、河合隼雄は深く受けとめ、箱庭療法の奥深さや、一人一人が独自の「物語」を生きることの重要さを訴える。「個人は日本歴史といかに結びつくか」から

河合 日本人の場合は〔トラウマの〕衝撃を個人で受け止めなくて、全体で受け止めているのですよ。だから、家庭内でブツブツけんかしたりとか、そういう形で出るのですね。ところが、そのなかのだれかが神経症的な症状をはっきりと露呈するということは少ないのです。

これはぼくははじめはちょっと喜んでいたのですが、プラス・マイナスの両方考えられるのですね。症状を出してくる人が少ないということは、つまりそれをがっちり一人で受け止めて悩む力がないという言い方もできるのです。
(中 略)
日本は集団というか、場のレスポンシビリティー〔責任〕ですからね。だから、神戸に地震が起こったということを、なんとなく神戸全体で受け止めているのです。

ところが、欧米人の場合はあくまで個人のレスポンシビリティーですから、それをまたグッと受け止めて辛くなった人はノイローゼになってしまったりするんですね。

新潮文庫、26-7・29-30頁

個人として自分の人生を生きている人は、戦争や天災など “どうにもならないもの” でそれを破壊されると、猛烈に傷ついて病気になる。それに比べたとき、苦しいのは「みんな一緒じゃん?」で乗り切るやり方が、必ずしも悪いとは言えない。

ところが場や集団でトラウマを受けとめると、「あの家は誰も戦死してないぞ!」「なぜアイツらだけ補償を貰う?」のように、最底辺の不幸に全員を合わせようとする同調圧力が沸き起こる。昭和も令和も、変わらない。

資料室: あなたはまだ「ほんとうのムラ社会」を知らないー渡辺清『砕かれた神』|與那覇潤の論説Bistro
日本人は空気に弱い、とよく言われる。とくに有識者を名乗る人ほど口にする。そこには「インテリの私は違うけどね、フフフ…」といった自己卓越化と見下しがあるのだけど、そうした人のほとんどはコロナ以来、率先して空気に追従し続けて、信用を失ってしまっ...

いちばん醜悪なのは、オイシイものは “個人” でいただき、ネガティブな話は “みんな” になすりつけていいトコどりを目論む輩だ。「衆愚」とはそんな人の謂いだが、いまや有識者も同様である。

バズりそうなあいだは「見て見て俺のこの概念!」してたのに、炎上に転じるや「あくまでふわっとした空気の話で、誰もそんな主張はしてません」と手のひらを返すのは典型だ。さしずめ “令和人文主義しぐさ” とも言える。

中道改革連合のように爆死した「令和人文主義」: 谷川嘉浩氏の場合|與那覇潤の論説Bistro
令和人文主義を覚えているだろうか。昨年末に炎上してむしろ有名に(?)なったこの概念が、今月久しぶりにまた話題になった。しかしというか、当然というか、もっぱら否定的な形である。 いずれも2026.2.7-8 もちろんきっかけは、劇的だった2/...

そんな時代を、どうまともに戻すか。

そもそも「まともさ」は、なんらかの「おかしさ」との対で、初めて定義される。つまり人間の本質に照らした、健康と病の選り分けが欠かせない。

だからホンモノの人文主義を育てるのは急務であり、「臨床」こそが最大の切り口になる。専門家依存の病を診る『なぜ「まちがえた」と言えないのか』は、まさに嚆矢をめざすので、期待して待ってくれたら嬉しい。

参考記事:対談の前編は1つめを

どうして学者も専門家も「コピペ・マシーン」になったのか|與那覇潤の論説Bistro
ぼくも結構お世話になった雑誌『ひらく』(現在は完結)の、2019年の創刊号で東浩紀さんが言っていたことが、妙にずっと引っかかっていた。監修者の佐伯啓思さんに、先崎彰容さんを交えた鼎談での発言である。 ひらく①分野を横断しながら、多様な「問い...
歴史を書くとき、ひとは社会をカウンセリングしている。|與那覇潤の論説Bistro
臨床心理士の東畑開人さんが、6/22の読売新聞に『江藤淳と加藤典洋』の書評を書いてくれた。いまは同紙のサイトで、全文が読める。 『江藤淳と加藤典洋 戦後史を歩きなおす』與那覇潤著【読売新聞】評・東畑開人(臨床心理士) 戦後史についての本であ...
特定のメンタルの「病名」を、キラキラさせるのはもうやめよう。|與那覇潤の論説Bistro
今年の2月に「「発達障害バブル」はなにを残したのか」という記事を書いた。2015年頃から流行してきた、精神疾患の中でも発達障害だけは「ギフテッド」(恵まれた特性)で、特殊な才能と一体なのだといった論調に、警鐘を鳴らす内容である。 いわゆる日...

(ヘッダーは、ザラブ星人が化けたニセモノと戦う有名なシーン。テレビマガジンより)


編集部より:この記事は與那覇潤氏のnote 2026年6月18日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は與那覇潤氏のnoteをご覧ください。

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