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核融合発電は、しばしば「小型の太陽を地上に人工的につくり出す装置」というふうに語られる。
原理だけを見るとその通りである。太陽が輝いているのは、水素の仲間同士が激しくぶつかり、融け合って(これを核融合という)、より重いヘリウムに変わるときに、ほんのわずかな質量がエネルギーへと姿を変えるからである。この同じ反応を地上で起こすこと自体は、すでにできている。
だから、まず最初にはっきりさせておきたい。核融合は「エネルギーが出ない」技術ではない。エネルギーは、確かに出ている。
では、いったい何が問題なのか。問題は「エネルギーが出るか、出ないか」ではなく、「差し引きで、いくら手元に残るか」である。
ここで1つ、言葉を用意しておこう。「Qシステム(=システム全体のQ値)」という考え方だ。これは、装置(システム)全体が外から食べる電気の量に対して、装置全体が生み出すエネルギーがどれだけあるか、その比のことだと思ってほしい。
Qシステムが1.0より大きければ、食べた以上に生み出している、つまり差し引き黒字。1.0より小さければ、生み出すより食べるほうが多い、差し引き赤字だ。発電所として意味を持つには、当然このQシステムが1.0を、それもかなり余裕をもって超えなければならない。そして、地上の核融合がいまだに越えられずにいるのが、まさにこの1.0の壁なのである。
底の抜けたバケツ
この事情は、1つの絵で考えると分かりやすい。底に穴の開いたバケツに、水をためようとしている場面を想像してほしい。
蛇口はちゃんと開いていて、水は勢いよく出ている。この蛇口の水が、核融合で得られるエネルギーだ。ところが、このバケツには底に穴が開いている。だから水を注いでも注いでも、下から漏れていって、なかなかたまらない。それどころか、このバケツは、別の蛇口を全開にして水を注ぎ続けないと、形そのものを保てない。手を止めれば、たちまちしぼんでしまう。
注いでも注いでも、手元に残る水(差し引きのエネルギー)は、いつも底ぎりぎり。プラスになりきれない——これが、地上の核融合がいま立っている場所だ。エネルギーは出ている。けれど、その火を消さずに保つための「維持費」があまりにも高くつくせいで、差し引きがなかなか黒字にならないのである。
なぜ維持費がそんなに高いのか
ではなぜ、核融合という〝火〟を保つだけでそんなにエネルギーを使ってしまうのか。
核融合の火は、ふつうのたき火やガスの火とは、まるで性質が違う。ふつうの火は、一度つければ、あとはだいたい勝手に燃えてくれる。
ところが核融合の火は、太陽の中心のような「とてつもなく高い温度」と「とてつもなく強い圧力」がそろわないと、起きてくれないし、続いてもくれない。1億度をはるかに超えるような超高温のガス(プラズマ)を、一瞬たりとも壁に触れさせず、宙に浮かせたまま閉じ込め続けなければならない。
そのために、地上の装置は、巨大な磁石を絶対零度の近くまで冷やし続けたり、とてつもなく強力なレーザーを動かし続けたりしている。火が燃えているあいだじゅう、外から大量のエネルギー、つまり電気を注ぎ込み続けないと、閉じ込めが一瞬で破れてしまう。これが、バケツの「別の蛇口」の正体だ。火そのものは熱を生むのに、その火を地上にとどめておくための装置が、生んだ熱に匹敵するほどの電気を食ってしまう。
太陽は、なぜタダで燃え続けられるのか
ここで、当然こんな疑問がわく。「太陽だって核融合なのに、なぜ何十億年も、誰も電気を注がずに燃え続けているのか?」
答えは、太陽が2つのものをタダで持っているからだ。
1つは、ばかげて巨大な大きさ。もう1つは、その巨大な質量が生む、すさまじく強い重力である。太陽は、自分自身の重さで中心をぎゅうぎゅうに押しつぶし、その圧力で火を閉じ込めている。誰かが磁石やレーザーで支えてやる必要はない。重力が、閉じ込めの仕事をまるごとタダで肩代わりしてくれているのだ。
それに対して、私たち人間が地上につくろうとしている小さな太陽は、磁石やレーザーで力ずくで支えてやらねばならない。
私たちは、太陽ほど巨大になれないし、あれほどの重力も持てない。だから、重力の代わりに磁石やレーザーを使って、力ずくで閉じ込めるしかない。太陽がタダでやっていることに、地上では高い維持費を払い続けるしかない——これが、根本的な違いの1つ目である。
穴を小さくすればいいのではないか?
ここまで読んで、鋭い人はこう思うかもしれない。「バケツの底の穴が問題なら、技術をもっと磨いて、穴を小さくしていけばいいのではないか。いつか穴がふさがって、黒字になる日が来るのでは?」
これは、とても正しい問いだ。そして実際、穴を小さくする工夫は、何十年も積み重ねられてきた。けれど、ここにもう1つ、太陽と地上を分ける、より深い違いがある。それを、別の絵で説明しよう。今度は「崖」と「階段」の絵だ。
エネルギーというのは、高いところから低いところへと落ちていく。核融合では、1000万度を超えるような「高いところ」から、ずっと低い温度の「低いところ(太陽表面だと約6000℃)」へと、熱が落ちていく。この高さの差そのものは、太陽でも地上でも変えられない。問題は、その高さを〝どう降りるか〟である。
急な崖を一気に飛び降りれば、着地のときにドスンと大きな衝撃が出て、その衝撃のぶん、エネルギーがムダに散らばってしまう。
一方、同じ高さでも、ゆるやかな段差の階段を一段ずつ下りていけば、一回ごとの衝撃はほとんどゼロにできる。それを何万段も積み重ねて、ようやく下まで下りる。着く場所は同じでも、道中でムダに捨てるエネルギーは、ゆるやかな段差の階段のほうが圧倒的に少ない。
太陽は、この「ありえないほど長い、ゆるやかな階段」を持っている。太陽の中心で生まれた光が、表面までたどり着くのに、数千年から数万年もかかると言われる。それくらい、一段一段が小さくて、段数が多い階段を下りてくるイメージなのだ。だから途中でほとんどムダを出さずに、いちばん穏やかにエネルギーを下ろしていける。
その「長い階段」を実現させているのが、太陽のばかでかさと、何万年という気の遠くなるような時間なのだ。
以上のことを、専門用語を使って言うと次のようになる。
まず、エクセルギーという用語から説明する。これは〝利用可能なエネルギー〟のことだ。
エントロピー(状態の乱雑さの程度。例としてコップの水を床に垂らすと水の状態はより乱雑になり、元には戻せない──この〝乱雑さが増えた〟状態を「エントロピーが増えた」という)を多く生む過程ほど、同じ温度差から理想的に取り出せたはずのエクセルギーのうち、実際に手元に残る分は少なくなる。失われるエクセルギーは、周囲温度とエントロピー生成量の積にちょうど等しい。
太陽が長大な時間をかけてエントロピー生成が限りなくゆっくりとなるように抑える(つまりエントロピー生成率を限りなく低く抑える)のに対し、地上の核融合は急いで取り出すという要求そのものによって、桁違いに多くのエクセルギーを失わざるを得ないのだ。
この本質的な差を埋めるのは相当に困難なことである。
穴は、急ぐことそれ自体から生まれる
ところが地上の核融合は、この階段を持てない。小さな装置から、今すぐ、大量のエネルギーを取り出さなければ、発電所として成り立たないからだ。何万年もかけてそろそろ下りる、などという余裕はどこにもない。だから地上では、ゆるやかな階段ではなく、急な崖を一気に飛び降りるしかない。
地上の核融合では発生した中性子がエネルギー発生場所(ブランケット)に届くまで1000万分の1秒もかからない。これはとても大きな崖を瞬時に飛び降りるようなものだ。そして崖を飛び降りれば、着地のたびにドスンとムダが出る。
太陽中心部で生まれたエネルギー(光)が表面に届くには数万年かかる。一方、地上の中性子の場合はそれに相当する時間がわずか1000万分の1秒ということだ。
ここが、いちばん大事なところだ。バケツの底に穴が開くのは、技術が下手だからではない。「急いで、小さく、一気に取り出す」こと、それ自体が、穴を開けているのである。
そして「急いで、小さく、一気に」というのは、発電所として採算が合うために、どうしても必要な条件だ。つまり、穴を開けてしまう原因と、発電所として成り立つための条件とが、同じものなのだ。だから、いくら技術を磨いても、この穴をゼロにすることはできない。
穴を完全にふさごうとすれば、太陽のように、巨大でゆったりとした、発電所には向かない装置になるしかなくなってしまう。
「不可能」なのではない。「まだ帳簿が閉じていない」のだ
ここで、誤解してほしくないことがある。私は「核融合発電は、物理の法則によって絶対に不可能だ」と言っているのではない。紙の上の設計図では、Qシステムが1.0を超えて黒字になる、とされているものもある。原理として、それが禁じられているわけではない。
問題は、それが本物の装置で、70年ものあいだ、一度も実証されていないという事実のほうだ。「あと30年で実現する」という言葉は、私が子どものころにも語られ、その30年前にも語られていた。
差し引き黒字という帳簿は、70年ずっと開いたまま、まだ閉じていない。そして、これまで見てきたように、その帳簿がなかなか閉じないのには、「急いで小さく取り出す」という要求そのものに根ざした、構造的な理由がある。
太陽は、何万年もかけて、ありえないほど長い階段を、そろそろと下りている。地上の核融合は、その階段を持たないまま、同じ火を急かして焚こうとしている。
両者を分けているのは、技術の優劣ではない。「大きさ」と「時間」という、地上では決して実現できないものなのだ——それが、太陽のようにはいかない、ということの、本当の意味である。







コメント
「いつまでたっても30年後」というのは、よく言われるのですが、今言われているのは30は30でも「2030年代」なのですね。あと10年かそこらです。
ITERの計画は、2030年代の最後の年に炉の運転が開始され、2044年にはちゃんとエネルギーを取り出せるところまで行く予定となっております。もちろん、予定ですから、この通りいく保証はないのですが、ぼやっとした期待ではなく、具体的なスケジュールとなっているところが、以前の「30年後」という話とは全然違うところなのですね。https://www.mext.go.jp/content/20240710-mxt_kaisen-000036986_05.pdf#page=15
ITERは、国際プロジェクトですから、最大公約数的技術を狙っており、ビジネスよりは実証を目指しております。核融合反応として、最も容易な重水素(D)とトリチウム(T)のDT反応を採用しているのですが、この反応は、発生エネルギーの大部分が中性の中性子(n)としてプラズマから出てしまい、炉壁を損傷するという問題があるのですね。この中性子はリチウム(Li)のトリチウムへの変換に使う計画なのですが、このための「ブランケット」で炉が大きくなってしまうという問題もあります。
ITERが国際プロジェクトとして核融合開発を進める一方で、世界では多数のベンチャービジネスが核融合の開発を進めており、情報ビジネスなどで財を成した富豪が巨額の資金をこれに投じております。
その一つTAEテクノロジー社は、普通の水素原子と普通のホウ素原子を核融合させて4つのアルファ粒子(ヘリウム4の原子核)を生成するp11B反応の検討を進めております。これは、原料が放射能もない、普通に手に入る材料であるほかに、生成するのが電荷をもつ粒子で、プラズマ内にとどまることが利点となります。
プラズマのエネルギー損失に「シンクロトロン放射」というものがあり、磁場に乱れがあると、シンクロトロン放射が増加するという問題があります。TAEテクノロジー社はこれを逆手に取り、磁場に乱れを与えることでシンクロトロン放射を起こし、発生したマイクロ波をアンテナと整流器を組み合わせた「レクテナ」と呼ばれるデバイスで直流電力に変換することを計画しております。これは、ボイラーやタービンや発電機が不要な、極めて効率的な、電力への変換技術と言えるでしょう。
TAEテクノロジー社は、2020年代末までにQ > 1を実証し、2030年代初頭には核融合発電のプロトタイプを建造するとしております。https://tae.com/tae-technologies-delivers-fusion-breakthrough-that-dramatically-reduces-cost-of-a-future-power-plant/
もう一つの核融合ベンチャー、ヘリオンエナジー社は、DT反応で核融合に成功したとのニュースが報じられておりますが、こちらは最終的に重水素とヘリウム3での核融合を狙っております。ヘリウム3は放射能を持たず、核融合で生成するプロトン(陽子:水素の原子核)は電荷をもつため、いずれもプラズマ中にとどまり、炉壁を傷つけることがありません。
ヘリウム3は別途製造する必要があるのですが、これは、リチウムに中性子を照射して得られるトリチウムを保存することで、半減期12.3年でβ崩壊してヘリウム3を生じる反応を利用して作ることができます。ヘリウム3は、量子コンピュータに必要な極低温を作るための希釈冷却に欠かせない材料であり、この先量産される可能性もありますし、宇宙開発が進めば月面から採取される可能性もあります。
ヘリオンエナジー社は2028年までにマイクロソフト社に核融合発電による電力を供給する契約を結んだと発表しております。これがD3Heによるかどうかは疑問のあるところですが、いずれにせよこういった早期に核融合発電の実用化が見込まれているということは、頭の片隅に置いておいた方が良いと思います。https://www.jstage.jst.go.jp/article/merieor/744/0/744_14/_pdf/-char/ja
核融合開発をめぐる中国の動きも活発で、現在はITERと同様のDT反応で早期の核融合実用化を目指しておりますが、最終的な狙いはD3Heにある模様で、月面からのHe3採取も視野に入れている模様です。中国は、巨額の資金を核融合開発に投入しており、これに危機感を抱いたヘリオンエナジー社は米国政府への援助を求めたりもしております。https://innovatopia.jp/energy/energy-news/56969/
核融合をめぐる開発競争は、現在、風雲急を告げております。この状況下で、「いつまでたっても『30年先』」などという能天気なことをいってはおられないと私は思うのですね。ここは、関係者はきちんと世界を見なくてはいけません。そして、情報技術に次いで、エネルギー技術でも、日本は世界の後塵を拝することのないよう、準備万端心掛けなければいけないのですね。