取次が「撤退」を口にした:日本は欧米型へ移行する(前編)

2026年5月、出版取次最大手の日販グループホールディングスの富樫建社長が、決算会見でこう述べた。

取次事業の撤退も検討しなければならない環境が迫っているという危機感を持っている。

国内に二社しか残っていない取次の、大きいほうのトップの発言である。これは一企業の業績の話ではない。日本の出版流通という仕組みそのものが、耐用年数の限界に達したという合図だ。

同じ2026年3月期、日販もトーハンもそろって最終赤字に転落した。日販の取次事業の部門経常損益は36億円の赤字、トーハンも最終損益が11億円の赤字となった。主因は物流コストの高騰である。だが、物流費が上がっただけなら、ほかの業界と同じように卸値に転嫁すればいい。それができないところに、この問題の根がある。

日本の出版流通は、三つの商習慣の上に成り立ってきた。出版社が定価を決める「再販制度」、売れ残りを返品できる「委託販売制度」、そして販売実績に基づいて配本量を割り振る「パターン配本」だ。この仕組みのおかげで、全国どの書店でも本は同じ値段で買え、小さな書店でも在庫リスクを負わずに多様な本を並べられた。出版文化の裾野は、この三点セットが支えてきた。

しかし、その同じ仕組みが、いまや取次の首を絞めている。価格を決めるのは出版社であり、取次は物流費が上がっても卸値に乗せられない。返品された本の配送コストは取次が被る。書籍で約3割、雑誌で約5割という返品が、行きと帰りの二重の物流費となって取次にのしかかる。物流費は上がり、転嫁はできず、返品は重い。構造的に、赤字が出るようにできているのだ。

そこへ、トラック新法が追い打ちをかける。改正貨物自動車運送事業法と改正物流効率化法は2025年4月から2026年4月にかけてすでに段階的に施行され、運送の適正化が進められている。

さらに2025年に成立したトラック適正化二法では、運賃の下限となる「適正原価」を下回ってはならないという規定が、2028年までに施行される予定だ。配送の人件費は、これからも上がり続ける。取次が今の商習慣のまま生き延びる道は、もう残されていない。

ならば、答えは一つしかない。欧米型の流通モデルへの移行である。

誤解のないように言えば、欧米にも返品はある。とりわけ米国の返品率は決して低くない。日本と違うのは、日本のように包括的で無期限に近い委託販売を前提にせず、買い切りや、返品に条件を課す責任販売を基本に契約が組まれている点だ。

卸値は取次が、小売価格は書店が、それぞれ自由に決める。この仕組みなら、取次は高騰する物流費を堂々と卸値に転嫁できる。書店も、売れ筋を安く、動かない本を高くと、自分の判断で値段をつけられる。取次は息を吹き返し、流通は持続可能になる。

現状維持の先にあるのは、もっと悲惨な結末だ。取次が本当に破綻すれば、本が書店に届くという流通そのものが止まる。理想を守るためのコストを、業界はもう払いきれない。温室を維持できないのなら、外の気候で生きられる体に変えるしかない。

問題は、その移行の先に待っている風景である。値付けが自由になった市場で最も強いのは、誰か。すべてを持っていくのは、どの事業者なのか。次回、その勝者と、出版社を待つもう一つの現実を見ていきたい。

尾藤克之(コラムニスト、著述家、作家)

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