ANAマイルは私設通貨なのか:特典航空券に変えられないマイルをなぜ貯めるのか

(前回:雨の日に傘を取り上げるANA:SFC改悪が壊したロイヤル顧客との信用

SFC改悪の次に見るべきもの

前回、ANAのSFC改定問題を取り上げた。ラウンジが混むから上級会員の権利を削る、という単純な話ではなかった。ANA自身が修行文化を育て、コロナ期にはプレミアムポイント施策で搭乗を促し、需要が戻ると今度は既存会員を年間決済額で選別しようとした。そこにあったのは、ロイヤル顧客との信用問題だった。

雨の日に傘を取り上げるANA:SFC改悪が壊したロイヤル顧客との信用
ラウンジが混む。だから上級会員の権利を削る。そう言う前に、ANAは一つだけ思い出すべきではないか。その上級会員を増やしたのは、誰だったのか。2026年6月26日、ANAホールディングスの株主総会で、上級会員向けカード「ANAスーパーフライヤ...

では、同じことはマイルにも起きていないか。

ANAマイルは、航空会社の販促ポイントである。しかし利用者は、単なるポイントとしては見ていない。家族旅行、沖縄、北海道、ハワイ、国際線ビジネスクラス。多くの人は、将来の旅行に備える小さな貯金のようにマイルを貯めている。

ところが、その出口である特典航空券が取りにくければどうなるか。マイルは貯まる。だが使えない。使えないまま期限が近づき、最後はスカイコインに換える。そうなれば、利用者が期待していた「1マイル数円」の価値は、1円前後の換金に近づいていく。

これはマイルの静かな減価であり、インフレある。値札は変わらない。だが、棚から商品が消えていく。

電話はつながる。だが、マイルは静かに減価する

2025年から2026年にかけて、ANAは国内線の旅客基幹システムを、国際線側でも使うアマデウス社の基盤へ移行した。その前後で、コールセンターがつながらない、ウェブで予約できない、特典航空券が取れないといった混乱が相次いだ。私自身、カード変更に伴うお客様番号の分散で購入済み予約がアプリから消えたように見え、SFCデスクに電話がつながるまで約2時間を要した経験がある。

システム移行の混乱は、いずれ収束するだろう。電話がつながらないことは目に見える。画面エラーも表示される。表面的な不具合は、時間で解決する部分がある。

しかし、ANAで進んでいる価値毀損のうち、もっとも静かで、もっとも気づかれにくいものがある。マイルである。

電話がつながらない背景には、コロナ期に離れた人員を十分に戻さず、より少ない人数で同等以上の生産量をこなす「人的生産性の向上」を掲げた、構造的な余裕のなさがある。同じ「縮んで守る」発想が、マイルの世界でも進んでいる。ただし、こちらは画面にエラーを表示しない。出口だけが、静かに閉じていく。

特典航空券が、取れない

2026年5月、半年先である10月の国内線特典航空券を検索した。羽田=那覇、羽田=新千歳のような観光・帰省需要の強い人気路線では、私が確認した範囲で特典航空券の空席が見つからなかった。一方で、現金航空券は販売されていた。

もちろん、これは全路線・全日程の調査ではない。しかし、利用者が実際に直面する不満はここにある。座席が空いているように見えるのに、マイルでは取れない。現金客には売るが、マイル客には開かない。これが繰り返されれば、マイルの価値は実質的に下がる。

ANA公式は、国内線・国際線の特典航空券について、マイルを使って航空券に交換できる制度として案内している。国際線特典航空券も片道6000マイル、往復12000マイルから利用できると説明されている。制度上は、マイルは航空券に変わる。

しかし現実には、特典航空券はANAが開けた枠でしか取れない。現金なら買える座席が、マイルでは取れないことがある。ここに、普通の企業ポイントとは違う不均衡がある。

普通の企業ポイントとは何が違うのか

ここで当然、反論があるだろう。楽天ポイントもヨドバシポイントも、発行者が条件を変えられる企業ポイントではないか。ANAマイルだけを特別視するのはおかしい、という反論である。

しかし、ANAマイルと一般的な企業ポイントには、はっきりした違いがある。

楽天ポイント、ヨドバシポイント、PayPayポイントは、基本的に1ポイント=1円で日常的に使える。利用者もその前提で貯めている。ANAマイルは違う。利用者が航空会社カードに決済を寄せるのは、1マイルが1円を超える価値を持ちうるからである。

国内線特典航空券で繁忙期の人気路線を取れば、1マイルあたり数円相当の価値になることがある。国際線ビジネスクラスなら、さらに大きな交換価値を実現できる場合もある。これこそが、航空会社のマイルを貯める経済合理性である。1マイル=1円にしかならないなら、汎用高還元カードを使った方が、流動性も高く、有効期限の制約も少ない。

供給側の違いも大きい。ヨドバシポイントで商品を買うとき、利用者は店頭にある同じ商品を現金客とほぼ同じ条件で買える。ポイント客用に別棚があり、そこだけ在庫ゼロ、という仕組みではない。

ANAマイルは違う。同じ便、同じ座席であっても、ANAは現金販売枠と特典航空券枠を分けている。利用者がマイルで取得できるのは、ANAがマイル客向けに開けた枠だけである。

出口が閉じれば、マイルは1円に近づく

ANAはスカイコインという交換先も用意している。ANA公式によれば、スカイコインは1マイルから交換でき、1万マイル以上を交換する場合は、交換マイル数、会員ステータス、ANAカード種別に応じて交換率が変わる。条件によっては高い交換率もある。

だが、スカイコインは航空券購入等に使える電子クーポンに近い。特典航空券のように、1マイルが数円相当へ跳ねる余地は小さい。特典航空券の出口が細れば、マイルの期待価値はスカイコインの交換率へ収れんしていく。

ここで起きているのは、表向きのレート変更ではない。必要マイル数の表は変わっていないように見える。だが、実際に取れる席が減れば、利用者にとっての価値は下がる。

物価で言えば、値上げではなく品薄である。値札は据え置き。だが商品がない。これほど分かりにくいインフレはない。

これは「約款に書いてある」で済む話か

ANAにとってマイルは販促ポイントであり、会計上は将来のサービス提供義務を伴う負債である。しかし消費者から見れば、マイルは単なるポイントではない。将来の旅行に備える準通貨、あるいは期限付きの資産のように扱われている。

企業側は販促ポイントとして扱う。消費者側は準通貨、あるいは資産のように扱う。このズレが問題の出発点である。

「特典航空券に交換できる」という訴求と、「実際にはANAが枠を開けなければ交換できない」という実態の間には、無視できないズレがある。これは景品表示法上の優良誤認・有利誤認、あるいは消費者契約法上の重要事項説明の論点を生みうる。もちろん、直ちに違法だと断定する話ではない。だが、消費者保護上の問題がないと言い切ることもできない。

利用者は「マイルが貯まる」ことだけを期待しているのではない。「貯めたマイルを、1マイル=数円相当の価値で航空券に交換できる」ことを期待している。その出口が閉じるなら、マイルはもはや空を飛ぶ通貨ではない。発行者が価値を調整できる、期限付き・無利子の私設通貨に近づいていく。

米国では、すでに政策問題になった

この問題は、日本の一部マニアの不満にとどまらない。

米国運輸省は2024年9月、American、Delta、Southwest、Unitedの4大航空会社に対し、リワードプログラムに関する調査を開始した。問題視されたのは、獲得済みリワードの価値毀損、隠れた価格設定、ダイナミックプライシング、手数料、競争や選択肢の縮小である。

米運輸省は、多くの消費者がリワード残高を貯蓄の一部のように見ていることを指摘した。これはANAマイルにもそのまま当てはまる。通常の預金と違い、マイルの価値は発行企業の制度変更と供給判断によって変わる。だが、利用者はそれを将来の旅行資金のように保有している。

航空マイルは金融商品ではない。しかし、金融的な機能を持っている。通貨ではない。しかし、通貨のように保有されている。この中間領域に、現行制度の盲点がある。

日本では、誰が見るのか

では、日本では誰がこの問題を見るのか。

国土交通省は航空輸送サービスを見る。消費者庁は表示や契約の問題を見る。公正取引委員会は競争や取引条件を見る。金融庁は金融商品を見る。しかし、マイルのような巨大な企業ポイント経済圏は、そのどれにも完全には収まらない。

マイルは長期保有される。資産のように認識される。経済圏への囲い込みに使われる。交換条件は一方的に変わる。期限もある。主たる交換市場である特典航空券枠は、発行者の意思で絞られうる。

これを「企業ポイントだから問題ない」と片づけるには、あまりに大きな経済圏になっている。少なくとも、特典航空券枠の透明性、必要マイル数との関係、スカイコインへの誘導、制度変更時の説明責任については、消費者保護の観点から議論されるべきである。

次回は、この問題をJALとの比較から見る。

同じマイル価値の毀損に直面しながら、ANAとJALは正反対の道を選んでいる。JALは必要マイル数を変動させることで「高いが取れる」方向へ進んだ。一方、ANAは必要マイル数の表を保ちながら、特典枠を絞ることで「安く見えるが取れない」方向へ進んでいる。

どちらも利用者にとって痛みはある。しかし、消費者保護の観点でより問題が大きいのは、見えない価値毀損である。ANAマイルの問題は、単なる空席検索の不満ではない。企業が発行する私設通貨の価値を、誰が、どのように監視するのかという問題なのである。

【出典リスト】

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