生き残ろうとするほど、会社は残らない --- 山村 太祐

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力点は、守りではなく選び直しにある

経営が傾いた会社に入ると、社長の頭は、たいてい1つの問いで占められている。「どうすれば、生き残れるか」。地域の目、長年の取引、社員とその家族の生活、先代から続いた歴史。背負うものが多いほど、思考は守るほう、持ちこたえるほうへ寄ります。受け継いだ世代なら、自分が選んだわけでもない事業を畳んでよいのかと迷い、なお動けない。

ここに落とし穴がある。その会社は、たいてい明日潰れるわけではない。資金繰りはきつくても、2〜3年はどうにか持つ。だから人は守りに入り、現状を動かさず耐える道を選ぶ。

私は、これがいちばんもったいないと思っている。2〜3年持ちこたえる体力があるなら、力点を置くべきは、耐えて守ることではなく、抜本的に選び直すことだ。続けるものとやめるものを問い直し、会社を作り変えて、もう一度伸ばしにいける。その猶予を、ほとんどの会社は守りに使い切る。生き残ることばかり考えて、生き残った先に何を残すのかを、考えないのだ。

その間に、選択肢のほうが先に減る。中小企業のM&Aは、後継者対策から、2026年には成長の打ち手としても一般化した。後継者がいないことによる倒産は3年連続で500件を超え(2025年度533件)、社長の平均年齢は60.7歳。会社の休廃業・解散も、2024年に約7万件と過去最多だ。

会社の形を引き直す決断が珍しくない時代に、動かないという選択だけが、静かにツケをためる。本来「改善」で済んだものが、放置の末に「再構築」を迫られるまで傷が広がる。そのツケは、いつも経営者個人ではなく、会社が払う。

決断とは、結論を当てることではない

だから私は、相談に来た会社で、まず1つの問いから入る。「何を、やめられますか」。

この問いには、誤解がつきまとう。多くの経営者が「やめる」を壮大な話だと思い込み、事業の売却や撤退ばかり思い浮かべる。けれど現場で効くのは、もっと地味だ。惰性で続く会議、誰も読まない資料、昔の慣習で残る作業。日々の「やめていないだけ」を外すと、人と時間が驚くほど空く。何でも目先の効果で測る人ほど、すぐ数字にならない大きな見直しを、いつまでも先送りにする。

いざ「やめましょう」と言うと、返ってくるのは「でも」「だって」だ。やめない理由なら、いくらでも出てくる。決断したように見えても、ふたを開ければ痛みの少ない部分だけを切る「部分決断」で終わり、いちばん効く1手は手つかずで残る。

ここに根深い誤解がある。多くの人は、決断を「正しい結論を当てること」だと思っている。けれど決断の本質は、結論の正しさではない。何を前提に、何を基準に、何を捨て何を残すかを筋道立てて問い直し、決めたらやり切る。その手順そのものだ。「今ゼロから始めるとして、これを改めてやるか」。半世紀前にドラッカーが勧めたこの問いも、答えではなく、考える手順を与えるものだった。

ある中堅の卸売業は、先代が始めた赤字の小売部門を長く抱えていた。社長は「思い入れがある」と畳めずにいた。けれど本当の問題は、その部門が何を奪っているかを、誰も直視していなかったことだ。いちばん力のある社員が2人、その延命に張りついていた。社長と手順を踏み、「今なら始めない」と確かめて畳む。それだけで人と資金が主力に戻り、1年たたず利益が伸びた。最後まで抵抗されたのは数字ではなく、1度決めたことを、もう1度考え直すこと、そのものだった。

捨てられない会社に足りないのは、決断力ではない。何を、いつ、どの基準で見直すか。それを社長1人の感覚に委ねず、組織として問い直し、決め切る手順だ。私は、この力を、組織の力(ケイパビリティ)と呼んでいる。

生き残ることだけを考える会社は、生き残った先に、何も残せない。数年の余力を、耐えることではなく、選び直すことに使う。それができる会社だけが、次の世代へ、残すべきものを残せる。

山村 太祐(やまむら たいすけ)
株式会社フェルディナンド・キャピタル代表取締役社長 兼 Chief Growth & Capital Officer(CGCO)。事業再構築・再成長の成果にコミットし、資本と執行の両輪で組織の力(ケイパビリティ)を立て直す「共闘者(フラクショナル・エグゼクティブ)」。組織が自走したら去る。

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