
アゴラで東徹氏が発表した二つの論考に、私は賛成である。
「過疎地を守るという幻想:大規模ケアキャンパスを核としたコンパクトタウンへ(前編)」は、人口の減り続ける地域へ水道、道路、医療、介護を従来どおり届け続けることは不可能だと指摘する。

「地域包括ケアという天下の愚策:厚労省は『在宅神話』を解体せよ(後編)」は、職員を移動に費やし、家族介護を前提とする分散型サービスの限界を突く。

問題は過疎地だけではない。日本全体が医療・介護へ財政と人材を投入する「平時の総動員体制」に入りつつある。
医療・介護は年間90兆円を超える
政府が2018年に示した2040年度の見通しでは、医療給付費は66.7兆~68.5兆円、介護給付費は25.8兆円。合計は92.5兆~94.3兆円に達する。
これは現在価格を固定した数字ではない。経済成長、賃金、物価などを通じた単価上昇を織り込んだ2040年度の名目額である。ただし、2018年時点の人口・経済前提に基づく古い推計だ。近年のインフレ、人手不足、出生数の下振れを反映した最新予測ではない。
2040年の防衛予算には政府の公式見通しがない。そこで名目GDPを約1,000兆円、防衛関連支出をGDP比2%と機械的に置けば約20兆円となる。会計上、社会保険給付費と一般会計予算は同一ではないが、社会が投入する資源規模として見れば、医療・介護はなお防衛の4倍を超える。

図1 2040年の医療・介護給付費と防衛関連支出
注:医療・介護は2018年政府推計の中間値。
防衛は2040年の公式予測ではなく、名目GDP約1,000兆円・GDP比2%とした参考試算。
両者は会計上の定義が異なる。
財政以上に深刻なのは人手である
金は国債や増税で帳尻を合わせられても、人間は印刷できない。総務省の労働力調査によれば、2025年の「医療、福祉」就業者は947万人。前年から25万人増え、産業別で最大の増加だった。
政府のマンパワー推計では、2040年度に1065万~1068万人、就業者全体の18.8~18.9%が医療・福祉分野で必要になる。ほぼ5人に1人である。

図2 単一部門に配置される人員規模
注:旧日本軍789万人は終戦時兵力として広く用いられる概数。
医療・福祉2025年は総務省、2040年は厚生労働省推計の中間値。
性質の異なる職業を同一視するのではなく、人的資源配分の規模を比較した。
現在の医療・福祉就業者は、終戦時の旧日本軍約789万人をすでに上回る。兵士と医療従事者を道徳的に同一視する意図はない。比較しているのは、国家が一つの部門へ集中させる人的資源の規模である。

図3 総人口に占める割合
注:1945年は旧日本軍789万人、総人口約7,200万人から計算した概算。
2025年は就業者947万人、総人口約1億2,300万人による概算。
2040年は人員1067万人、将来推計人口約1億1,300万人による概算。

図4 就業者全体に占める医療・福祉分野の割合
注:2025年は医療・福祉947万人を同年平均就業者数で除した概算。2040年は厚生労働省の推計値。
少子化の加速は2040年問題を前倒しする
2040年に高齢者となる世代は、すでに生まれている。一方、2040年に医療、介護、建設、物流、製造業を担う若者の数は、政府の過去の想定を下回り得る。少子化が進んでも、高齢患者や要介護者が同じ速度で減るわけではない。先に細るのは、税と保険料を負担し、サービスを提供する側である。
必要人員が約1070万人のままでも、分母である就業者がさらに減れば、医療・福祉の比率は19%を超える。確保できなければ、制度は保険料増、家族介護、待機時間、サービス縮小、外国人労働力への依存のいずれかで調整される。制度の不合理が生活者にコストを押し付ける。
医療費が増えればGDPも増えるという錯覚
医療や介護への支出もGDPに計上される。だが、医療費が増えるほど国が豊かになるわけではない。火事が増えれば、消防、修繕、建て替えへの支出はGDPを押し上げる。しかし、火事が増えた国を豊かになったとは呼ばない。
病気や要介護状態への対応に人と金を投入すれば、統計上の経済活動は増える。その人材は同時に、輸出産業、技術、住宅、インフラ、教育を生み出せない。問題は医療の価値ではなく、機会費用を無視して聖域化する政治である。
守る医療と、維持できない医療を分けよ
救急、周産期、感染症、外傷、がん治療など、社会基盤として守るべき医療がある。一方、軽症者の頻回受診、効果の乏しい長期投薬、必要性の低い検査、社会的入院、移動ばかり増える分散型介護まで、同じ聖域として守ることはできない。
東氏の提案する集住と機能集約は、過疎地対策にとどまらない。医療、介護、住宅、交通をばらばらに維持する時代を終わらせ、少ない人員で必要なサービスを届けるための国家的再設計である。
1945年、日本は軍事へ国力を集中し過ぎて敗戦した。2040年、日本は医療・介護へ財政、人材、技術を集中させ過ぎる危険がある。次に訪れるのは軍事的敗戦ではない。社会を支える働き手を失い、守ろうとした医療・介護そのものも維持できなくなる「医療介護敗戦」である。
【出典リスト】
- 東徹「過疎地を守るという幻想:大規模ケアキャンパスを核としたコンパクトタウンへ(前編)」
- 東徹「地域包括ケアという天下の愚策:厚労省は「在宅神話」を解体せよ(後編)」
- 厚生労働省「2040年を見据えた社会保障の将来見通し(議論の素材)」
- 厚生労働省「マンパワーのシミュレーション」
- 総務省統計局「労働力調査 2025年平均結果」
- 防衛省「防衛力整備計画」
- 国立社会保障・人口問題研究所「日本の将来推計人口(令和5年推計)」
- 国土交通省「日本の人口構造の変化」







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