元プロ野球選手で、野球解説者、タレント、司会者、俳優として幅広く活躍した板東英二さんが7月22日、慢性心不全のため亡くなりました。86歳でした。
家族によると、板東さん本人の強い希望により、葬儀はすでに家族のみで執り行われたということです。7月28日、板東さんの公式ウェブサイトを通じて発表されました。

甲子園に刻んだ「83奪三振」
板東さんは1940年4月5日生まれです。徳島商業高校のエースとして出場した1958年夏の甲子園で、一躍全国に名を知られるようになりました。
準々決勝の魚津高校戦では延長18回を投げ抜き、引き分け再試合を経験しました。徳島商業を準優勝に導き、大会を通じて記録した83奪三振は、今も高校野球史に残る大記録となっています。
翌1959年に中日ドラゴンズへ入団しました。主に先発や救援投手として11年間プレーし、通算435試合に登板して77勝65敗、防御率2.89を記録しました。オールスターゲームにも3回出場しています。
プロ野球選手から国民的司会者へ
板東さんの才能が本格的に開花したのは、現役引退後でした。野球解説者として活動する一方、軽妙な話術と機転の利いた受け答えを生かし、テレビやラジオへ進出しました。日本テレビ系「マジカル頭脳パワー!!」の司会や、TBS系「世界・ふしぎ発見!」など数多くの人気番組に出演し、スポーツの枠を超えた全国的な人気者となりました。
1993年には、テレビ8本、ラジオ1本のレギュラー番組を抱えていたとされています。元プロ野球選手が、ゲストとしてではなく、番組全体を仕切る司会者として成功した例は当時としては珍しく、その後のスポーツ選手の芸能界進出にも道を開きました。
俳優としても高い評価
俳優としても確かな存在感を示しました。映画「あ・うん」では、コミカルなテレビでの姿とは異なる味わい深い演技を披露し、日本アカデミー賞最優秀助演男優賞、ブルーリボン賞助演男優賞などを受賞しました。NHK連続テレビ小説「ええにょぼ」をはじめ、映画やドラマにも数多く出演しました。
板東さんは、甲子園の歴史に残る名投手であり、中日で77勝を挙げたプロ野球選手でした。それだけでなく、司会者、タレント、俳優としても第一線に立ち続けました。
スポーツと芸能の世界を自在に行き来し、独特の話術と親しみやすい笑顔でお茶の間を楽しませた板東さん。その多彩な足跡は、日本のテレビ史とプロ野球史の双方に長く刻まれることでしょう。
謹んでご冥福をお祈りいたします。







コメント