
今回のW杯は盛り上がったようだが、例によってぼくは1試合も見ないままだった。サッカーを軽んじてるのではなくて、取り巻くメディアの雰囲気に引いてしまうのだ。
開幕前は「◯◯ジャパンは最強、目標は当然優勝ですうおおおお!」みたく煽りながら、敗退するや「あの△△に善戦、優勝より価値ある感動をくれた、応援のおかげですみんなありがとうッ!」と叫ぶ、手のひら返し感が苦手なんです。

というわけで(?)、ご存じウクライナ応援団の登場だ。W杯前には「戦争の潮目が変わり、ウクライナがこっから勝てるぜうおおおお!」な解説が、サムライブルー&イエローなノリで流れまくったのは記憶に新しい。
そうは言っても、なにせW杯応援団並みの「手のひら返しの専門家」である。また白を切るかもしれないから、文字起こしを貼っておこう。
上念司 今回あのウクライナによるね、モスクワ大爆撃ということで、誰の目にも「潮目変わったな」って思うんじゃないかと思うんですけど?
東野篤子 はい、そうだと思いますね。……ウクライナ人がいちばんロシア人の心理をわかってると思うんですよね。やはり前回のサンクトペテルブルグの攻撃のときも、今回のロシア〔へ〕の攻撃のときも、相当ロシア市民は心理的には動揺してますよね。
2026.6.22
そうなのか。実際に「潮目が変わる」に近い表現はこの時期、他にもいろんな(西側の)報道で目にした。たとえば5月末にはロイターが「“対ロ戦の転換点近い”、ウクライナ軍指揮官が見通し」なる記事を配信している。
ところが、である。
取材に応じた「ウクライナ軍の精鋭部隊を指揮するアンドリー・ビレツキー氏」が、転換点という言葉で、具体的になにを指してるかというと、
ウクライナ軍が今後数カ月、攻勢をかける状態を維持できれば、前線で主導権を握れるとし、ウクライナ東部ドネツク州の未占領地域への割譲要求を断念させることができるとも主張した。
ロイター、2026.5.28
(強調を付与)
という次第で、要は「これ以上は領土を取られなくてすむかも」という程度の話なのだ。潮目だ転換点だと言っても、ロシア軍を国境の外に追い出し、国際法違反の侵略を既成事実化しないという意味での “勝利” ではない。

もちろん潮目や転換点が「来てます!」とウクライナが喧伝することには、合理性がある。勝てる “ふり” はしないと、西側の援助が引き出せないし、支援する諸国もそれに乗った “ふり” をしないと、国民を説得できない。
ところがところが、である。
2022年から4年以上、支援してきたメンツがある以上、西側諸国も「ロシアに “勝ちました”」ということにしないと、格好がつかない。まさに、優勝より価値ある感動だ、みたいな話だが、それだと逆に困る国が出る。
7月8日、イギリスのデイリー・テレグラフ紙に元ウクライナ軍総司令官で現駐英大使、ヴァレリー・ザルジニーが寄稿した。タイトルは「ロシアの敗けであると決めつけてはならない(Do not assume Russia has lost the war.)」。
要約すると、「多くの西側のアナリストが、ロシアは事実上、この戦争に負けたのだという議論をしているが、これは戦争を明らかに誤った形で、読み違えている、……ドローンの技術や精密攻撃の能力やサーベイランスの技術の発展は、確かに戦争のやり方は変えた。でもそれはお互いにとって同じことであり、……この戦争は、作戦の優劣で決まるのではなく、明らかに消耗戦となっている」という見解になっている。
畔蒜泰助氏、2026.7.18
ウクライナへの支援を正当化するには、ロシアに “勝っている” ことにするのが手っとり早いが、自家中毒のようになって “本当に” 勝ったと思い込まれたら、ウクライナに不本意な結果でも「勝利」だと粉飾されてしまう。
もちろんロシアが、余裕綽々で押しているわけじゃない。しかし、もしウクライナに「潮目」が来て勝ってるなら、国防相と総司令官が責任をなすりつけあうクビ合戦なんて起きるはずがない。


先に解任されたフェドロフ前国防相は、無人機の活用など自軍の人的犠牲を抑える方針で国民の支持を得ていたが、軍司令部との関係が悪かったと報じられている(たとえばBBC)。ふつうに考えて、これは重大な話である。
戦争の序盤こそ、ロシアが「人海戦術」で兵士を無駄死にさせていると言われたが、それならとっくに力尽きているはずだ。以前も紹介した論考だが、ミアシャイマーは2023年5月の講演で、

西側諸国はロシア兵がウクライナ兵の7倍の速さで命を落としていると発表していますが、彼我の武器の量に照らし合わせて常識的に考えれば信じがたい数字であり、私はさらなる精査が必要だと感じています。
(中 略)
ロシアがいまどのように戦っているかと言えば、小さな単位で歩兵隊を使い、ウクライナ兵がいるところをあぶり出し、いざ見つけたら大量に爆弾を浴びせる手法です。つまり、ロシアは正面攻撃をしていないのです。
『Voice』2023年9月号、113頁
(算用数字に改変)
と、すでに明言していた。実際に、「潮目」が来たにもかかわらず、ロシア軍は7月3日、そうした浸透作戦でコンスタンチノフカを制圧したと発表している(ゼレンスキーは否定したが、その論法はあまり説得的でない)。
一方で「転換点」を迎えたはずのウクライナは、圧倒的に兵士が足りない。6月にはそのフェドロフ国防相が「前線の突撃兵や歩兵の30~50%を外国人志願兵とする」目標を発表したが、応援団にも申し込む人はいなそうだ。

人が集まらないだけでなく、軍の規律も内側から崩壊したと見られる。力ずくで動員した “貴重な戦力” を、敵と戦う前に味方が虐待死させるむちゃくちゃさは、もはや旧日本軍を連想させる。

バベルは死亡した兵士の親族の証言を引用し、過去6か月間にスカラ連隊の訓練キャンプで26人が死亡したほか、新兵に対するしごきや虐待が行われていたと報じている。
(中 略)
今では、新兵のほぼ全員が、自由意思で入隊した志願兵ではなく、強制動員された徴集兵となっている。強制動員は国民の間で不人気で、強引だと批判されている徴兵活動は、ロシアとの戦いが続く中でウクライナ国内の一部に強い不満の種を生み出している。
AFP通信、2026.6.26
(段落を改変)
「強引だと批判されている徴兵活動」とは、街頭で男性を拉致してそのまま車に押し込む “バス化” のことだろう。日本でも2024年の秋には話題となり、ぼくも記事にした。黙っているのは、ウクライナ応援団だけである。

どうして、こんなことになったのか。
最初に引いた日本のセンモンカの発言には、本人の意図とは正反対の形で当たっている面がある。ロシア人もおそらく、ウクライナ人の心理をよく知っているだろうし、なにより両者はそれほど違う人々なのかが疑問だ。
両国が属したソ連について、定評ある歴史書から引いてみよう。なおスターリンは、民族的な出自はロシアよりジョージアに近いとされる。

1942年8月モスクワを訪問した英国のチャーチル首相に、現下の独ソ戦ですら「4年間の恐ろしい集団化」に比較すれば軽微だ、とスターリンは語ったことがある。それは何十万単位の地主ではなく、「1000万もの農民」との戦争であった、とスターリンは述べた。
1929年末からの全面的集団化、クラーク〔富農〕絶滅から、33年の大飢饉についての4年間を指摘したものであった。実際この1929年末からの農民との戦争は、革命よりも大きくロシア社会を変貌させた。
下斗米伸夫氏、102頁
ナチス・ドイツよりも自国民との戦いの方が苛烈だったと、さらっと言う独裁者は恐ろしい。つまりそれは、ソ連圏では為政者がそもそも、国民を自分の同胞だと思っていないことを意味する。
プーチンはきっとそんな人だろうと、戦争のはじめからぼくらは思ってきたが、いまやゼレンスキーも大差ない怪物になり果てていることこそ、ウクライナ応援団が世界にひた隠す秘密だ。

戦争前のウクライナが、西側の自由民主主義をめざしたのは事実である。だがその果てに生まれた戦時体制は、欧米の最新兵器がロシア式の強制動員と癒合し、自国民にも牙を剥く永続戦争マシーンだったのかもしれない。
その帰結も含めて、ロシアに責任を問う立場はあっていい。だがそれと「ウクライナは西側だ」と強弁し、暗部に目を瞑り続けることとは別だ。勝算なく暴走するキメラに対してこそ、いま日本は手のひらを返すときである。
参考記事:

(ヘッダーは、国防相解任の混乱を報じる毎日新聞のYouTubeより。右がシルスキー前総司令官)
編集部より:この記事は與那覇潤氏のnote 2026年7月30日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は與那覇潤氏のnoteをご覧ください







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