「アジア通貨危機が心配」というベッセントが本当に心配しているのは?

ベッセント米財務長官は日本経済新聞などのインタビューで円安のリスクを強調し「円安を放置すれば韓国ウォンや人民元などにも下落圧力が波及し、アジア通貨危機の再来を招きかねない」という。

たしかに円はアジアの主要通貨である。日本企業と競争する韓国や中国にとって、円安になれば、ウォン高や人民元高を容認しにくくなり、アジア全体が通貨安競争に入る可能性はある。だが、ベッセント氏が本当に心配しているのはアジアなのだろうか。

いまのアジアは1997年とは違う

1997年のアジア通貨危機は、単に各国通貨が下落した事件ではない。タイや韓国、インドネシアの企業や金融機関は、短期のドル建て債務を大量に抱えていた。ところが、外貨準備は十分ではなかった。

海外の投資家が資金を引き揚げると、各国はドルを調達できなくなった。自国通貨が下落すれば、ドル建て債務の返済額は膨張する。銀行や企業の破綻が連鎖し、最後はIMFの支援を受けるしかなくなった。

現在のアジア諸国は、当時の教訓から外貨準備を積み増し、為替制度も柔軟にしている。韓国、中国、日本をはじめ、主要国の中央銀行が数週間でドルを使い果たすような状況ではない。

もちろん、通貨安や原油高は深刻である。だが、少なくとも現時点で「1997年の再来」が目前に迫っているわけではない。それでもベッセント氏が危機を強調するのは、円安がアジアに与える影響だけでは説明しにくい。

日本が円を買うにはドルが必要になる

円安を止めるためには、政府・日銀がドルを売って円を買う必要がある。日本政府は巨額の外貨準備を保有しているが、その多くは米国債などのドル資産で運用されている。

つまり、本格的な円買い介入を続ける場合、日本は保有するドル資産を現金化しなければならない。市場で米国債を売却してドルを調達すれば、米国債価格には下落圧力がかかる。債券価格が下がれば、米国の長期金利は上昇する。

日本は世界最大級の米国債保有国である。日本による売却が小規模なら問題はない。しかし、円安が止まらず、大規模な介入が繰り返されれば、市場は「日本が米国債を売るのではないか」と警戒する。ベッセント氏が恐れているのは、ここだろう。

米国債市場はすでに余裕がない

米国政府は巨額の財政赤字を抱え、大量の国債を発行し続けている。国債の供給が増える一方で、海外投資家や中央銀行が以前ほど積極的に買わなくなれば、米国はより高い金利を提示しなければ資金を調達できない。

長期金利が上昇すれば、住宅ローン金利や企業の借入金利も上がる。株価にも下落圧力がかかり、米政府の利払い費も増える。

米国にとって、米国債市場の安定は国家財政そのものである。その状況で、日本が円防衛のために米国債を大量に売却することは、ベッセント氏としては何としても避けたい。

そこで浮上するのが、米連邦準備制度理事会のFIMAレポ制度である。日本は米国債を市場で売却せず、担保として差し入れることでドルを調達できる。

この仕組みを使えば、日本は円買い介入に必要なドルを手に入れながら、米国債市場への売却圧力を抑えることができる。表向きは「アジア通貨の安定」のためだが、実際には米国債を守るための装置でもある。

アジア通貨危機は便利な説明である

米財務長官が「日本に米国債を売られると困る」と公言するわけにはいかない。そんなことを言えば、米国債市場が脆弱であると認めることになる。ほかの保有国にも、「売るなら今ではないか」と余計な疑念を与えかねない。

その点、「アジア通貨危機を防ぐ」という説明は都合がよい。国際金融の安定を守るという大義名分が立ち、日米協調介入も正当化できる。韓国や中国への配慮も示せる。しかも、米国債市場への本当の懸念を表に出さずに済む。

ベッセント氏がアジア経済をまったく心配していないという話ではない。円安がウォン安や人民元安を誘発し、世界的な通貨安競争につながるリスクは確かにある。しかし、米国の政策当局者が最優先するのは、当然ながら米国の利益である。

日本の円安を放置すると、日本が米国債を売って円を買う。日本の売却が米国債金利を押し上げれば、米国の住宅市場や株式市場、財政運営にまで影響する。だから米国は円安に介入するのである。

日米協調は友情ではなく利害の一致

今回の円買い介入を「米国が日本を助けてくれた」と理解するのは素朴すぎる。米国が守りたいのは円そのものではない。日本が保有する米国債と、その背後にある米国の金融システムである。

円安がアジア通貨危機を引き起こすという説明は、完全な嘘ではない。だが、それは話の半分にすぎない。もう半分は、世界最大級の米国債保有国である日本に、米国債を市場で売却させないことである。

日米の協調は友情ではない。円を守りたい日本と、米国債を守りたい米国の利害が、たまたま一致しただけなのだ。

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