橋下徹氏の息子たちはなぜ全員「ニート」になってしまったのか

橋下徹氏が「踊る!さんま御殿!!」で明かした、成人した3人の息子とのやり取りは興味深い。

橋下氏によれば、息子たちは大学に行きたくない一方、すぐに働いて家を出ることにも消極的で、「もう少し子供なんだから支えてほしい」と主張しているという。

一般にニートとは、就学も就労も職業訓練もしていない若者を指す。番組の情報だけで3人が厳密な意味でニートだと断定することはできないが、橋下氏の説明を聞く限り、少なくとも「ニート的な状態」をめぐって父子が対立しているようだ。

では、なぜ橋下氏の言葉は息子たちに届かなかったのだろうか。

「大学か家を出るか」という橋下流

橋下氏のルールは実に明快である。

大学に行くなら親が支援する。大学に行かないなら働いて家を出る。

筋は通っている。だが、この「筋が通っている」というところに問題が潜んでいるのかもしれない。

橋下氏は弁護士であり、政治家時代から論争の強さで知られてきた。複雑な問題を整理し、論理を積み重ね、相手に選択を迫る。それは政治討論では大きな武器になる。

しかし、子供たちは討論の相手ではない。

「大学へ行かないなら、なぜ親が生活費を出さなければならないのか」と論理的に説明すれば、おそらく息子たちは反論できないだろう。

それでも動かない。

だとすれば、問題は「言葉が足りない」のではなく、そもそも言葉による説得では動かない状態にある可能性を考えるべきかもしれない。

お父さん譲りでなかなか恵まれた体格の息子さんたち 橋下徹氏インスタグラムより 2021年7月

正論を繰り返すほど届かなくなる

親子に限らず人間関係では、正論が強すぎると逆効果になることがある。(学校教員も同じことをよくやらかして悪ければ学級崩壊になる)

父親が「働け」「自立しろ」と何度も正しいことを言えば、子供も頭では理解している。しかし、それを実行できないからこそ立ち止まっている。

そこでさらに正論を重ねれば、「分かっているけれどできない」という子供にとっては、自分の未熟さを指摘され続けることになる。

最後には父親の話そのものを聞かなくなる。

橋下氏は「説得」しようとしているのかもしれないが、息子たちが必要としているのは説得ではなく、「なぜ動けないのか」を無条件に聞いてもらうことなのかもしれない。


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森保家は「言わなかった」

ここで森保一監督との違いは象徴的だ。

森保氏によれば、3人の息子はサッカーという目標を持ち、進学先や寮生活などを自分たちで決めた。そして森保氏は「一切何も言わず」に任せたという。

もちろん家庭環境も子供の性格も違うため単純比較はできない。

それでも、「何を言うか」より「どこまで言わないか」が子育てでは重要だという示唆にはなる。

橋下氏ほど弁が立つ父親なら、家庭でも子供の問題を分析し、解決策を提示したくなるだろう。しかし親が答えを語り続けると、子供は自分で答えを考える必要がなくなる。

自立させようとして言葉を尽くすことが、皮肉にも自主性を奪うことがある。

必要なのは「説得」より経験ではないか

ニート状態から抜け出すために必要なのは、「働くべきだ」という話を100回聞くことではない。

短期間のアルバイトでも、ボランティアでも、職業体験でもいい。自分が外の世界で役に立った、意外と仕事は面白かった、給料を自分で稼げた――そうした小さな経験の方が、親の長い説教より人を動かすことがある。

橋下氏の「大学に行かないなら働け」という主張はまったく間違っていない。

だが、親子関係に限らず人間関係で重要なのは、正しいことを言うことと、その言葉が相手に届くことは別だということだ。

もし3人の息子がそろって「中間」にとどまっているのなら、息子たちの甘えだけでなく、橋下氏自身も、言葉と論理で子供を動かそうとしすぎてこなかったかを振り返ってみる余地はある。

親が口を閉じ、子供自身が答えを見つけるのを待つことなのかもしれない。

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