
7月31日、日本の財務省による円買い介入に、米国、さらには韓国までもが加わった。市場では「異例の日米韓協調介入」という言葉が飛び交った。
しかし3カ国が同じ理由で動いたわけではない。日本の狙いは輸入物価の抑制だ。エネルギー価格高と円安が重なれば生活コストが跳ね上がり、政権基盤を揺るがしかねない。韓国は、円と共通の弱含み圧力を抱えていたウォンを守るため、日本と同時にドル売りに動いた。
米国はというと、財務長官は、円は「非常に過小評価されている」「いずれファンダメンタルズが反映されてくる」と述べ、日本経済そのものは底堅いという評価を崩していない。つまり、今回の介入は行き過ぎた相場の過熱を一時的に冷ます措置に過ぎない。
米国が警戒しているのは別の連鎖だ。円安が続いて日本の物価高が止まらなければ、日銀の利上げ圧力が強まり、日本国債の利回りが上昇し、日本の投資家が米国債を売って資金を国内に戻す可能性がある。それは巡り巡って米国自身の借り入れコストを押し上げかねないということだ。
円安の背景、円とウォンの連動
ここまで円安となっている背景として語られるのは、日米金利差、日銀の緩和的姿勢、膨張した政府債務。間違ってはいない。ただ、これだけでは説明のつかない現象がある。円と韓国ウォンが、近年ほとんど同じ値動きをしてきたことだ。

円とウォンはもともと別の性格を持つ通貨だった。1998年のアジア通貨危機ではウォンだけが暴落し、円は無傷だった。2008年のリーマン・ショックでもウォンの下落幅は円よりずっと大きかった。2012年前後には円だけが独歩高になった局面もある。今の政策金利は韓国が2.75%、日本は1%。政府債務のGDP比は韓国が50%程度なのに対し、日本は200%程度。金利差でも財政規律でも説明がつかないのに、値動きだけは瓜二つだった(最近、変化があったが、後記)。
理由として考えられるのは、為替市場が円を「固有の通貨」として見ていない、ということだ。今の日本は外貨を惹きつける産業に乏しい。経常黒字自体は大きいが、その中身は自動車輸出と、海外投資からの利子配当収入が中心だ。
為替市場は、EV化が進む中、この自動車産業の将来的な競争力すら確信していない。海外からの利子配当収入も、大半が現地で再投資され、日本には還流しない。NISAで人気の「オルカン」や米国株投信への資金流出も、年5兆円以上の規模で続いている。円には、もはや積極的に外貨を惹きつける理由がないのである。
そしてこの構造は、韓国にも当てはまる(った)。両者に共通するのは、「アジア製造業ブロック」の一員だという事実だ。
日本は資本財・素材、韓国は半導体などの中間財、台湾は半導体・電子部品、ASEANは労働集約工程──アジア全体でひとつの生産ネットワークを構成している。地政学リスクも共通、ドル依存度も共通。だからこそ円は、東アジア輸出国という「バスケット」の一員として売買され、ウォンとの連動が強まっているのだと考えられる。
打つ手はあるのか
皮肉なのは、日本が資金不足に陥っているわけではないという点だ。日本は世界第3位の対外純資産国であり(1位はドイツ、2位は中国)、経常黒字も年40兆円規模で稼ぎ続けている。つまり円安は「資金がない」から起きているのではなく、「資金はあるが、それを円に替える理由がない」から起きているのだ。企業は海外で稼いだドルを再投資に回し、家計はドル建て投信を買い続ける。円への回帰が起きないこと自体が、問題の核心なのである。
実は今、「アジア製造業ブロックの一員」である韓国に変化が起きている。韓国は、確実な外貨稼得の手段を手にしつつある。牽引役はサムスンとSKハイニックスだ。AI向け高帯域幅メモリ「HBM」の輸出が爆発的に伸び、韓国の貿易黒字は6月に過去最大の約361億ドルを記録した。
HBMの実質的な寿命は熱と高電圧負荷でわずか3〜5年、つまり、「買い替え需要」が自動的に発生し続ける構造になっている。競合はマイクロン1社のみ、代替品も存在しない。AIデータセンターを作り、維持し続ける限り、韓国の高水準の輸出は続く。

もしウォン高が続けば、「アジア通貨安競争」という市場心理そのものが弱まり、円売り圧力が間接的に緩和される可能性がある。韓国の貿易黒字拡大は地域経済の底堅さを示すシグナルとしても働き、円にもリスクオフの買いが入りやすくなるだろう。これをもって、第一次所得の円への回帰が起きるなら、円安環境は変わるはずだ。
しかし、それは希望的観測に過ぎない可能性もある。日本の円安圧力の根本には日米金利差やエネルギー価格、日銀の利上げペースが横たわっており、韓国の追い風だけで構造そのものが覆ることはないかもしれない。そうであるならば、日本は再び「固有の通貨」としての存在感を取り戻す道を探らねばならない。
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神谷 尚志
市場エコノミスト。東京大学農学部農業経済学科卒。生命保険会社・資産運用会社でファンドマネージャー、チーフストラテジストとして40年近く証券・金融市場と関わってきた。







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