クールジャパン機構はなぜ失敗したのか:ファンドが「公益」に投資してはいけない

日本のアニメ、ゲーム、食、観光などを後押しするため2013年に設立された官民ファンド、クールジャパン機構(海外需要開拓支援機構)が廃止されることが決まった。2025年度末の累積損失は540億円。日本文化が世界で人気を集めている時代に、その海外展開を支援するファンドが、なぜ巨額の赤字を出したのだろうか。

2013年に開かれたクールジャパン機構の記念式典(nippon.com)

1406億円を政府が出資、累積赤字は540億円

日本文化は世界でかつてないほど人気を集めている。2025年の訪日外国人旅行消費額は過去最高の9.5兆円、農林水産物・食品の輸出額も1兆7005億円に達した。「クールジャパン」そのものが失敗したわけではない。

ところが、クールジャパン機構の現在の出資金は1513億円。このうち政府出資が1406億円で、政府の持ち株比率は93%に達する。名称こそ「官民ファンド」だが、実態は圧倒的に政府資金に依存した官製ファンドである。

設立以来の支援決定は83件、総額約2040億円に上るが、2025年度だけでも156億9652万円の純損失を計上し、累積損失は540億円まで膨らんだ。2023年度末には約397億円だったので、改善どころか赤字が再び大幅に拡大したことになる。

しかも計画は何度も下方修正されている。2021年度末には累積損失を257億円に抑える計画だったが、実績は309億円の赤字。そこで2022年11月に再び計画を修正した。それでも2025年度の目標426億円の赤字に対して実績は540億円となった。目標を達成できなければ目標そのものを下げ、それでも達成できなかった。

「1万円のブドウ」を売ったマレーシアの日本百貨店

初期の失敗を象徴するのが、クアラルンプルの「ISETAN The Japan Store」である。クールジャパン機構が約9.7億円、三越伊勢丹側が約10.1億円を出資し、2016年に開業。「全館クールジャパン」を掲げ、日本の食品、衣料品、雑貨などを販売した。

ところが、店頭では山梨県産ブドウが1房約1万円、桃が5個約1万円といった価格で販売され、現地の商品価格との大きな乖離が指摘された。2018年3月期には営業赤字約5億円を計上。機構は開業から2年足らずで保有株を三越伊勢丹側に売却して撤退した。

ここにはクールジャパン政策の弱点が凝縮されている。「日本で評価されている高品質の商品を並べれば海外でも売れる」という発想と、「現地の消費者はいくらなら買うのか」というマーケティングは別問題だからだ。

もう一つが海外向けテレビ局WAKUWAKU JAPANである。機構は2015年、総事業費110億円のうち44億円を出資した。当初は2020年度までに世界22カ国、4100万世帯に展開する予定だったが、2022年に放送を終了した。

Netflixなど動画配信サービスが急成長していた時代に、衛星・ケーブルテレビを中心とする定時放送の「チャンネル」を大規模に構築するというビジネスモデルが時代遅れだった。

140億円を投じた人工蛋白質が致命傷

命取りになったのが、人工構造蛋白質素材を開発するSpiberへの投資である。機構は2018年に30億円、2021年にさらに110億円を追加し、合計140億円を投資した。これは機構の投資案件でも最大だった。

新素材は実際に商品化され、タイには量産工場も建設されたが、量産化と収益化は難航した。旧Spiberは経営再建に入り、2026年には事業を新会社へ承継。クールジャパン機構は旧会社の全株式を創業者側へ譲渡した。2024年12月期には旧会社が約295億円の純損失を計上したとも報じられている。

もちろんスタートアップ投資には失敗が付き物であり、140億円を投資したこと自体を結果論だけで批判すべきではない。

問題はなぜクールジャパン機構が人工蛋白質に巨額の出資をしたのかだ。他にもインドなどでマイクロファイナンスを手掛ける五常・アンド・カンパニーには30億円、東南アジアの中古車プラットフォームCarroには4000万ドル、保険販売のPolicyStreetには1200万ドルの投資枠が設定されている。

「公益に貢献する」と説明できれば、対象がいくらでも広がる。これでは何がクールジャパンなのかという境界が曖昧になり、赤字になっても撤退しない。

「公益性」は「収益性」と矛盾する

最大の問題は、クールジャパン機構が最初から二つの異なる目的を背負っていたことだ。一つは、民間だけではリスクを取れない事業を政策的に支援する公益性。もう一つは、投資ファンドとして利益を出す収益性である。

しかし本当に高い収益性が見込めるなら民間企業が投資する。民間が投資できないほど採算性が低いプロジェクトに「公益性」を掲げて出資すると、赤字になることが多い。官僚は3年ぐらいで別の部署に異動し、自分の投資に責任を負わないからだ。

運営コストも小さくない。会計検査院によると、2023年度のクールジャパン機構の事務費は14億円で、そのうち人件費が9億3300万円だった。政府自身も2023年時点の累積赤字356億円の半分が、運営コストの累積だという。これは株式会社「クールジャパン機構」への天下り役員などの人件費である。

もちろん成果が皆無だったわけではない。機構によれば、投資を通じ海外展開などを行った企業は9915社、ビジネスマッチングの成約は159社、民間資金を呼び込んだ「呼び水効果」は2.5倍に達しているが、それは政策事業としての成果であってファンドの収益には結びつかなかった。

失敗したのは日本文化ではなく、役所が有望な海外ビジネスを選び、公的資金を投じれば、政策効果と投資収益を同時に得られるという昭和の産業政策の発想だった。クールかどうかを決めるのは政府ではない。そして商品やコンテンツが売れるかどうかを決めるのも、投資委員会ではなく世界の消費者なのだ。

コメント投稿をご希望の方は、投稿者登録フォームより登録ください。

コメント