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読売新聞はかつては1,000万部を超える世界最多部数の新聞としてギネスブックに紹介されていました。それが6月、ついに前年比44万5,000部減で500万部を割り、499万7,000部になりました。500万部割れは年末ころかといわれていたのに、部数減が加速しているのでしょう。
「俺の目の黒いうちは1,000万部割れを許さない」と豪語していたナベツネさんも98歳でこの世を去りました。「1,000万部で政界に影響を与え、政治を左右していく」が口癖でした。朝日新聞も政界、社会を動かす力があった時代がありました。「新聞による政治、経済、社会などの情報提供は民主主義社会の基盤」というのは嘘ではなかったと思います。
朝日新聞は同17万部減の305万部で300万部割れは近く、すでに全国紙とは言えない毎日新聞は15万部減の105万部で、100万部割れは時間の問題です。74万部まで落ちている産経は、11月から東北6県における新聞発行をやめるという凋落ぶりです。
ピーク時の5,400万部に対し2,500万部の凋落
日刊全国紙のピークは1997年の5,377万部(相当な水増し部数を含む)で、2025年10月に半分以下の2,486万部に落ちました。AIに聞くと、「紙の新聞ビジネスとしての限界は7~10年後に来る」との予想です。その前に多くの地方紙は消えていくだろうし、発行停止の全国紙も出るでしょう。採算がとれる部数を維持できない地域が増えれば、販売店網を維持できず、印刷工場も消える。それで新聞社が消滅していく。
それとは対照的に、米ニューヨーク・タイムズ紙は紙部数は48万部に過ぎなくても、デジタル有料購読者数は1,280万人で、かつての読売新聞の1,000万部をはるかに超えています。英語という世界共通語で情報を流せるほか、トランプ政権のような何をしでかすか分からない政治家の時代を迎え、米国発の情報の必要性が格段に高まっているからでしょう。こうした構造変化は紙の新聞の経営者の目には映っていたはずです。
成功したニューヨーク・タイムズのネット化
ニューヨーク・タイムズ紙の純利益は147億円、読売新聞は53億円(東京、大阪、九州などの新聞部門)ですから、圧倒的な差がついています。一言でいうと、日本の新聞社は日経を除くとビジネスモデルの転換をしなかった、できなかったということです。日経新聞は英有力紙の買収、電子版、金融情報の提供、新聞配達の他紙への委託などの手を打ってきました。
新聞経営者はこの間、何を考えてきたのでしょうか。情報を紙に印刷し、朝夕刊の1日2回、トラックで販売店に運び、販売店の配達員がバイクで各戸に配る。「1日2回という定時」の情報提供にデジタル化社会はテンポを合わせてくれない。分刻み、秒刻みで情報が発生する。「1日2回」はどう考えても、ますます時代に合わなくなる。
そんな分かり切ったことなのに、ネット化、デジタル配信に切り替えると、運命共同体として新聞経営を支えてきた販売店、配達網を見殺しにすることになる。新聞経営者にとって「切っても切れない関係」が新聞の最終章を招いた大きな原因でしょう。
20代の読者はわずか1%で先細り
購読者の高齢化も急速です。読者の80%が60歳以上、20代はわずか1%、30代は2%に過ぎませんから、先細りは目に見えている。学生の就職希望調査では、かつては人気上位に入っていた新聞社が全滅しています。テレビ局もそうでしょう。新聞の存在に触れないから、就職の選択肢にならない。優れた人材を採れない新聞ビジネスは外部からも内部からも崩壊していく。
残っていた人材もネットビジネスに流出しています。朝日、毎日、日経などからは、新聞社を退社し、独立したサイトを持ち、情報を発信する人も出ています。日経新聞OBのG氏などは、億単位の稼ぎを得ているとか。朝日新聞OBのST氏、SJ氏もAIに聞くと、「1,000万円単位での収入がある。もっとも所得格差は驚くほど大きい」との返事です。
最も遅れているのは読売新聞で、ネットやSNSビジネスで成功している記者OBはまず見当たりません。経営者のネット嫌いに加え、経営的にまだ優位だった読売新聞からの流出はごく少数だったのでしょう。
朝日新聞は不動産会社といっていい
朝日新聞はメディア部門の営業利益が28億円の赤字なのに対し、不動産部門は84億円の黒字で、つまり朝日新聞ではなく、経営的には「朝日不動産・新聞」といっていい。不動産収入があるから、新聞部門のモデルチェンジが遅れた。読売はまだ新聞部門が若干の黒字で、読売ランド、読売巨人軍などの収益がある。将来は読売新聞ではなく、「読売興業・読売新聞」というのでは、あまりにも悲しい。
紙の新聞はインフレの直撃を受け、用紙代、印刷代、輸送費、配達員の人件費の高騰に苦しむ。ネットなら編集・情報配信のコストは少ない。それが分かっていても、ビジネスモデルを転換できなかった。さらに系列のテレビ局と新聞の連携も情報媒体として、ほとんど成果を挙げてこなかった。「AIを編集に使うな」「デジタル教科書は反対」という新聞経営者もおり、自ら時代から取り残されていく経営感覚を持ち続けています。
新聞力の衰えを特に政治権力は歓迎し、政治・選挙のポピュリズム化がさらに進む。政治権力から情報をもらわないと、有力な記事を書けないから政権批判は及び腰になる。そんな新聞社が目立ちます。
ステルス値上げでいつまで延命を図れるか
広告収入がネットに奪われ、新聞のページ数はどんどん減っています。かつては朝刊40頁が当たり前だったのに、最近は24~32頁の日が多い。新聞年鑑は22年から、ページ数の掲載をやめた。定価を月額4,000~5,000円に値上げする一方、ページ数は減らしている。他業界に多い「ステルス値上げ」(定価は据え置き、分量を減らす実質値上げ)で延命を図っている。
八方塞がりの状況です。いずれもそうなることは目に見えていた。新聞のコンテンツである記事をたくさん書き、部数を拡大・維持していれば、新聞経営者でいられた。情報の流れ方・流し方の構造的変化を見抜き、ビジネスモデルを変革することを怠ってきたとしか言いようがないのです。
編集部より:この記事は中村仁氏のnote(2026年9月11日の記事)を転載させていただきました。オリジナルをお読みになりたい方は中村仁氏のnoteをご覧ください。







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