
なぜ、正しい数字で判断を誤るのか
事業再構築の相談を受けると、社長は資料を出してきます。月次、部門別の損益、主要取引先の一覧、中期計画。たいてい、よく整理されています。
その資料をめくりながら、私は別のことを考えています。これは誰が、いつ、何のために作ったものか。
会社の中で共有されている情報は、例外なく加工物です。現場で起きたことを誰かが要約し、様式に落とし、承認を通したもの。要約された時点で、そこに何が入っていたかは残りません。
しかも加工物は、加工したときの見方を引き継ぎます。部門別に切った資料を見ているかぎり、部門別にしか考えられない。
社内の情報は、いちばん手近にあって、いちばん浅い。にもかかわらず、立て直しの判断はそこから始まります。
整えた情報と、整えていない情報。どちらに値打ちがあるのか。この夏、その答えが値段の形で出ました。
グーグルが、経営破綻した米スピリット航空の社内データを1000万ドル、日本円で約16億円で落札しました。値がついたのは、事業計画でも社内規程でも財務資料でもありません。約1億通の社内メールと、約5億件のチャットです。
会社が「これがうちの情報だ」と整えて持っていたものには、買い手がつきませんでした。値がついたのは、誰も整えなかった層のほうです。加工されていないぶん、要約で落ちたものがそこに残っている。市場はそう値付けしました。
立て直しを止めるのは、情報不足ではない
問題は、浅いことそのものではありません。浅いと気づかないまま、そこにしがみつくことです。
社長は資料を根拠に判断します。根拠があるので、判断は速い。速いので、疑われない。そして再構築の全体が、その資料の切り方の上に乗ります。
だから改革は進みません。正確には、進んでいるように見えて、同じ見方の中を回り続けます。部門別に切った資料からは、部門別の答えしか出てこないからです。
ある技術系メーカーで、生産ラインを1本止める話になりました。主力製品が値崩れし、固定費が重くのしかかっていた。稼働率の低い、低採算のラインです。資料の上では、答えは1つでした。会議室で、反対する人はいませんでした。
低採算という数字は正しかった。私も、切ること自体には反対していません。引っかかったのは、そのラインが社内でどう呼ばれていたかです。お荷物、という扱いでした。
お荷物ということは、いちばん失敗してきたということです。不良が出た。歩留まりが落ちた。客先から返された。そのたびに条件を振り直し、原因を潰してきた。よそのラインが経験しなかったことを、そこだけが全部経験していました。
拾っていくと、出てきたのは失敗の記録ではありませんでした。どの条件なら崩れるか、どこまでなら許容されるか、客が本当に見ているのは仕様書のどの数字なのか。他の製品を高付加価値化するときに必要なものが、そこに揃っていたのです。
誰も整えていません。日報の余白と、古参の頭の中にありました。月次にも中期計画にも出てきません。お荷物と呼ばれていたので、誰も見に行かなかった。
ラインは止めました。止め方を変えただけです。設備を処分する前に条件と失敗の経緯を洗い出し、担当者を別のラインへ移しました。数年後、その蓄積の上に新しい柱が立ちました。
止めるだけで終わっていれば、直後の数字は良くなったはずです。そのかわり、次の柱は立たなかった。立たない理由も、資料には出てきません。数字が改善したまま、何年も原因がわからない。立て直しが遅れるのではなく、壊れるのはここからです。
半世紀以上前、ピーター・ドラッカーは『経営者の条件』で、成果をあげる人は事実からではなく意見から意思決定を始める、と書きました。事実から始めれば、自分の望む結論に合う事実を探してしまうからです。会社の中にある情報は、すでに誰かの見方を通ったあとのものです。そこから始めるかぎり、出てくる結論は変わりません。
立て直しにかかる前に、一度だけ試してください。手元の資料をいったん閉じて、去年いちばん手こずった仕事は何だったかを現場に聞く。うまくいった話ではなく、詰まった話です。その話は、資料のどこに載っていますか。
日報の余白に目を留められるか。お荷物と呼ばれている場所に、わざわざ人を送れるか。集めた話を、次の製品の仕様に翻訳できるか。ひとつずつは、たいしたことに見えません。ですが、これができる会社とできない会社で、立て直しの結果は分かれます。会社が成果を生むメカニズム、つまり組織の力(ケイパビリティ)とは、こういうものの噛み合いのことです。
よく知っている情報ほど、いちばん浅いところにあります。







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