太閤秀吉出生より日本各地に金銀山野に湧き出てという時代

「太閤秀吉公御出生よりのこのかた、日本国々に金銀山野に湧き出て、そのうえ高麗・琉球・南蛮の綾羅錦繍、金襴、錦紗、ありとあらゆる唐土、天竺の名物、われもわれもと珍奇のその数をつくし、上覧にそなえたてまつり、まことに宝の山を積むに似たり」と書いたのは、『信長公記』の作者でもある太田牛一である。

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NHK大河ドラマ『豊臣兄弟』も終盤にさしかかったが、『地図と閨閥で読み解く戦国地政学 織田・豊臣・徳川の盛衰』(さくら舎)という本を、NHK大河ドラマ『豊臣兄弟』をご覧になった方のための、いわば復習のための本として出版することにした。

大河ドラマの舞台となった場所を豊富な地図で解き明かして地政学的に戦国末期を理解してもらい、また、多くの系図から人間関係を解明していこうという試みだ。ドラマだけからでは分からない深い理解が可能になると思うし、ドラマと史実とで違っていたのが何であるかも明らかにしていく。

秀吉と秀長がつくった近世日本の基盤

秀吉の時代に日本は突然、世界の最先進国のひとつになったが、それは僥倖ではなく、秀吉と秀長の兄弟が、金銀による通貨制度、度量衡の統一、検地と年貢制度、刀狩りなどによる私兵の解体、貿易の活性化、鉱山の開発や製錬の技術などを整備したがゆえである。

こうした制度を一気にワンセットで整備したのがナポレオンに似ているのである。

また、インフラ整備では、城下町というものは、秀吉とその配下の黒田官兵衛や藤堂高虎などの大名たちによって発明された。現在の都道府県所在地のほとんどは、彼らによって創始された、あるいは大改造された城下町である。その多くは海岸の港町で、大河川の河口に近く、同時代のヨーロッパの都市のように商業地には運河などもあり、大阪も、秀吉から家康に関東の中心にすることを指示された江戸も、そういう町だ。

京都にしても、今日の姿は秀吉が平安京の街区を正方形から長方形の短冊形に改造し、御土居によって洛中と洛外を分離した結果できたものだ。本書では城の縄張り図よりも、城下町の全体像を現代の都市の状況と重ね合わせて紹介するようにした。

大河川は堤防によって水運が制御され、上流まで航行できるようになった。京都もそれまでは山崎で船を下りていたが、伏見まで遡れるようになり、さらに高瀬川で二条の一之舟入までが海とつながった。

全国に領主として派遣された織田・豊臣系の大名は、木曽三川で鍛えられた治水技術で低湿地での稲作を可能にした。街道も整備され、関所も廃止された。徳川幕府は、大型船の建造を禁止し、街道には橋を架けず、関所を復活したので、むしろ3世紀のあいだ進歩しなかったのみならず、後退すらしたのが残念だ。

『豊臣兄弟』と秀吉人気の歴史

『豊臣兄弟』は、終盤にさしかかって、あまりにも史実と違う突拍子もない話が出てきて、地元の市役所から抗議が出たりしてもめているが、それまでは近年の大河ドラマのなかでは好評だったようだ。歴史考証も最新のものをそれなりに尊重し、日本人の好きな立身出世物語的な『太閤記』のテイストもほどほどに残し、大胆なエンタメ的な解釈も適度に織り込んで好感が持てた。

信長・秀吉・家康の人気には栄枯盛衰がある。歴史的にいえば、だんとつ一番人気は秀吉だ。水呑百姓から身を起こして天下人になった秀吉の物語は、江戸時代にも『絵本太閤記』(浄瑠璃では『絵本太功記』となり、登場人物も仮名)などを通じて庶民に大人気だった。私は正しい歴史評価としても、世界史における近代社会の建設者としてのナポレオンに匹敵する偉人だと思うし、その遺産は陳腐化しながらも江戸時代に引き継がれ、鎖国という愚行による停滞ののち、明治新政府による近代化を進める上での基礎になった。

「失われた時代」を脱するための秀吉の知恵

日本は東西冷戦が終わったころ、バブル経済という大失敗をして以来、世界主要国で最低の経済成長しかできず、1990年に中国の8倍のGDPだったものが、いまや逆に5分の1になってしまった。この苦境から脱するには、信長の破壊や、家康の安定ではなく、体制を再構築し建設する秀吉の知恵と気宇壮大さが必要である。

石高と系図から見える戦国大名の実像

また、戦国大名の領地の変遷には、太閤検地のときの数字をもとに石高の推移も付記した。そこから、桶狭間のときの織田家の領地は今川家とさほど差はなかったとか、武田信玄の領地は信長の数分の1で、とうてい対等に対抗できるはずがないといったことも分かると思う。

系図については、見やすくするために文字を横書きにするようにつとめ、その結果、折り返しが少なく分かりやすくなっている。また、養子はできる限り養親ではなく実の親のところに書くことによって、血のつながりを分かりやすくしている。

また、女系もできるだけ書き込んでいるが、信長、秀吉の姉、家康をはじめ、前田、明智、細川、蜂須賀、京極、松倉などの血を現在の皇室は受け継いでいることが分かるようにしている。面白いところでは、細川護熙元首相はガラシャの、加賀藩前田家は「まつ」の血を引いていないが、天皇陛下はこの2人の女性の子孫なのである。

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