「どうせ無理」って言う人の頭の中、だいたいキツネ説

結論から言う。「どうせ無理」はやる気の問題じゃない。脳みそが勝手にやってる、自己防衛の言い訳づくりだ。

採用の仕事で1万人以上を見てきて、ひとつ確信していることがある。優秀なやつほど、デカい仕事の前でフリーズする(逆に、何も考えてないやつは平気で突っ込む。それはそれで困るんだが)。

『チームは「仕組み化」でうまくいく 組織力を高める行動経済学』(橋本之克 著)祥伝社

たとえば新規事業部に抜擢された若手。前例ゼロ、目標は鬼のように高い、社内の空気は「あれ、無理じゃね?」。本人は計画書を開いては閉じ、開いては閉じ。1カ月たっても最初の電話1本かけてない。上司は「やる気あんのか」と言う。いや、あるんだよ。あるからこそ動けないの。

これを心理学では「認知的不協和」と呼ぶ。名前は小難しいが要するに、頭の中に矛盾があると気持ち悪いから、現実のほうをねじ曲げて解釈しちゃう現象だ。

いちばん有名なのはイソップの「酸っぱいブドウ」。届かなかったキツネが「どうせ酸っぱいし」と吐き捨てて去る、あれ。完全に負け惜しみである。でも笑えない。われわれ毎日やってるから。

本当にヤバいのはここからだ。1959年、フェスティンガーという心理学者がえげつない実験をやった。学生に死ぬほど退屈な作業を1時間やらせる。で、次の参加者に「楽しかったよ」と嘘をつく役を頼む。報酬は1ドルか20ドル。

さて、あとで「実際楽しかった?」と聞いたら、どっちが「楽しかった」と答えたか。

20ドル組、じゃない。1ドル組なのだ。

なんでだよ、と思うでしょ。私も最初そう思った。理屈はこうだ。20ドルもらったやつは「金のために嘘ついた」で心の帳尻が合う。でも1ドルじゃ合わない。1ドルで嘘をつく自分、ダサすぎる。だから脳が勝手に書き換える。「いや、実はちょっと楽しかったかも」。

過去は変えられない。だから考えのほうを変える。しかもその書き換えが、正しいとは限らない。というか、だいたい間違ってる。

話を戻す。デカい仕事の前でフリーズする人も、これを先回りでやっている。「優秀な自分」と「失敗するかも」は同居できない。だから挑戦する前に「計画が無理筋」「予算が足りない」と言い訳を集めて、ジャンプすらしない。キツネはまだ跳んだ。こっちは一回も跳ばずに「あのブドウは酸っぱい」と言っている。キツネ以下である(言いすぎか。言いすぎだな)。

おまけに、成功が怖いという厄介な心理まである。成功したら次はもっと期待される。もっと責任が乗る。だったら最初から……と、アクセルとブレーキを同時に踏む。「成功回避欲求」というらしい。名前があるだけマシだと思う。

だから「頑張れ」は効かない。断言する。効かない。本人は全力でブレーキを踏んでいるのであって、サボってるわけじゃないのだ。必要なのは気合いの注入じゃなく、言い訳の行き先を「やめる理由」から「やってみる理由」に付け替えること。

どうやって? それはまた別の話。……いや、ちゃんと書きます。次で。

※ここでは、本編のエピソードをラノベ調コラムに編集し直しています。

尾藤克之(コラムニスト、著述家、作家)

■

日本初のClaude実用書です。発売即重版しました。

『3時間で身につくClaude活用術』(WAVE出版)

コメント投稿をご希望の方は、投稿者登録フォームより登録ください。

コメント