
今年の1月にこのnoteで、「歴史が加速している」と書いたことがある。ついこの前起きたことでも、一瞬で遠い時代の過去と差がなくなり、みんな忘れ去る。そんな現状を喩えた表現だ。
以下がその記事だけど、みなさん、「ベネズエラ事変」が今年のことだって覚えてますか? 次のショックが来るごとに、ひとつ前の事件を “上書き” して、記憶がデリートされていく。そうした時代をぼくらは生きている。

7月に震度7を記録した熊本地震なんて、まだ3か月も経ってないのに、すっかり影が薄れ気味だ。というかその前から、ぼくらの社会が歴史を心に刻み、記憶して “持ちこたえる” 力は落ちていた。
同地震の発生は、7/28の夕方だった。その後しばらく目立ったのが、「前から危ないと言われていた」とする趣旨の報道である。今回については、事前に警告する声があったのは事実で、

地震調査委員会の小原一成委員長も今年4月の記者会見で「地震発生確率が高く、いつ起きてもおかしくない状況。地震活動も活発で、起きやすい状況だと心がけて十分な備えをしてほしい」と呼びかけていた。
朝日新聞、2026.7.28
ということらしく、分野違いの(文系の)学者が「研究って有用ですね」なる謎の便乗コメントを記事につけているが、そうした人はどうやら、10年以上前のことは覚えてられないらしい。
実際には10年前、2016年の熊本地震がまだ起きていない時期には、地震学の “研究” は正反対のことを主張していた。去年も採り上げた書籍から、ずばり引用しておこう。
南海トラフ地震が防災予算獲得の都合から「えこひいき」されて確率が高く示されるあまり、全国の他の地域の確率が低くとらえられて油断が生じ、むしろ被害を拡大させる要因になっている実態も見えてきた。
例えば、2016年に発生した熊本地震では、震源となった活断層の30年以内の地震発生確率が「ほぼ0~0.9%」とされており、熊本県は低確率であることをPRして企業誘致を行っていた。
そのため、地震が発生すると被災者たちは口々に「九州には地震が来ないと思っていた」と話した。生半可な科学を使った政府の対策が逆に油断を生み、被害を拡大させる要因を作ってしまう。
小沢慧一『南海トラフ地震の真実』4頁
(強調と改行を付与)
大地震が起きてしまった後に、「またあるかも」くらいのことは誰でも言える。ところが自然科学も “誤りうる” という10年前の教訓すら都合よく忘れ、研究の有用性とやらの看板だけ借りたがる、文系の学者もいるわけである。
つまりは理系の「おこぼれ乞食」だが、そうして彼らが仕事をしないおかげで、この社会が “歴史” を伝える力はみるみる衰えてゆく。今夏の震災では、その犠牲になったとしか言いようのない、痛ましい事件も起きた。

ハビタ側は、爆発の約30分前、大竹さんと一緒に屋外駐車場に避難した同僚の女性従業員(25)に対し、イオン側の許可を得た上で店に戻って売上金を1階の金庫に移すよう指示していたことを明らかにしている。この従業員も爆発に巻き込まれ亡くなった。
時事通信、2026.8.11
2016年より前を忘れている学者は知らないのだろうが、11年にも東日本大震災という大きな地震があった。このとき最大の犠牲を出したのは津波で、災害の際には周りを気にせず、「とにかく逃げる」ことが鉄則だと語られた。
2013年に歴史学者として作った本で、日本中世史家の東島誠氏は、当時再評価する声が集まっていた、被災時の心得を説く “歴史上の伝承” について、ぼくとの対談でこう語っている。

東島 東日本大震災に際して、「津波が来たら、とるものもとりあえず、めいめいに逃げろ」という意味の「津波てんでんこ」という言葉が大きくクローズ・アップされましたよね。
(中 略)
江戸時代の代表的な俗語辞典である『俚言集覧』では、「面々コウ」を「又テンテンコッコとも云」としており、……徂徠の場合はネガティブな意味で、津波の場合はむしろポジティブな意味で、つまりはよくもわるくも「面々ばらばら」「てんでんばらばら」に相当する語彙が古くからあって、目下のところ、徳川吉宗時代に書かれた荻生徂徠の社会批評にまで遡れる、ということなんですね。
312頁
江戸時代にも徂徠のような “学者” はいたが、TVやSNSに出ずっぱりのセンモンカに比べたら、社会的な知名度は無にも等しかったろう。しかしそんな時代の方が、必要な過去を自分たちで伝承する力は、おそらく強かった。
逆に、徂徠より遥かに “インフルエンサー” たり得るはずの文系学者が、こぞって「理系のおこぼれ」拾いに転じて逃げ出し、歴史をポイ捨てしたのが2020年からのコロナ禍だった。これについては、翌21年6月の著書にも

2021年3月は、本来なら「東日本大震災から10周年」の節目であり、国民全体で心静かにあの出来事をふり返る機会になるはずでした。それがコロナ禍の延長によって押し流された――というかその時点まで一貫して、日本での流行の規模は欧米なら「収束した」と見なされるほどの微小な水準でしたから、純粋な「パンデミックなきインフォデミック(情報災害)」によって、私たちは過去を足蹴にしてしまったのです。
このことには、すごく重たい意味がある。そう私は考えています。
101頁(語り下ろし)
と、すでに記している。
先に引用した小沢慧一『南海トラフ地震の真実』は(もともと世評の高い本だが)、自然科学で定説化してきた仮説の正しさを、根拠とされる近世の土佐の “一次史料” に遡って検証し、そのおかしさを論証した書物である。
著者は新聞記者だが、本来であれば、まさに歴史学者がやるべき仕事だったろう。一方で同書の批判を踏まえて、地震学の専門家も「誤りの可能性」を公の場で認めた。文理を問わずこれこそ、学者のあるべき正しい姿だ。

『文藝春秋』11月号の「保守とリベラルのための教科書」では、そうした観点から再び、同書を採り上げた。これはぼくの “便乗” だが、21日に出すコロナ禍以降の「専門家批判」の拙著の、いわばお手本として紹介している。
ぜひ歴史を取り戻すために、手にとってほしい。そうした一人ひとりの実践が、これ以上ニセモノな識者に騙されないワクチンになる。それは災害時に私たちの命を守る、安全保障の問題である。

参考記事:



(ヘッダーは8/27、爆発の犠牲者を悼むモール前の献花台。時事通信より)
編集部より:この記事は與那覇潤氏のnote 2026年10月9日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は與那覇潤氏のnoteをご覧ください







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