巻き戻される構造改革 - 池田信夫
鳩山邦夫総務相の暴走は、自民党内でも持て余し始めたようです。彼が日本郵政の西川社長の更迭にこだわる動機は今ひとつよくわかりませんが、この背景には郵政民営化反対派の山口俊一首相秘書官と、それに連なる官僚の情報提供があるといわれています。要するに、小泉政権の民営化路線を否定し、特定郵便局長会などの昔の集票基盤を自民党に取り戻そうということでしょう。
鳩山騒動ほど注目されていませんが、政策投資銀行の民営化を「見直す」法案が、3日、衆議院の委員会で可決されました。これは民主党の要求に応じたもので、政府が今後とも政投銀の株式の1/3以上をもつことになり、民営化は撤回される見通しです。与謝野財務相は「現在の経済危機を想定せず、思慮が浅かったと反省している。政投銀は政府の大事なツールとして残しておくべきだ」と答弁しました。小泉内閣の政調会長だった彼が、構造改革を何も理解していなかったわけです。
政府系金融機関の民営化は、実は郵政民営化より重要です。郵政民営化のコアである財投の解体は90年代にすでに終わっていたので、かんぽの宿を払い下げるかどうかなんて大した問題ではありませんが、政策金融は最後に残った最大の「官製金融機関」です。その弊害は天下りとか民業圧迫とかいうことより、市場原理とは異なる基準によって特定の企業を政府が補助するターゲティング政策のツールになっていることです。
今回の補正予算では、政投銀と経産省に最大9000億円の融資枠が与えられ、エルピーダメモリやパイオニアなどへの資本注入が検討されています。資金繰りに苦しんでいる企業は日本中に山ほどあるのに、なぜ特定の企業だけを政府が支援するのでしょうか。半導体は基幹産業だというが、もはやDRAMなんてコンピュータの価格の1割にもなりません。企業が多すぎるといわれる家電産業に出資する理由は何でしょうか。
「銀行が融資しないからだ」というが、今は低金利なので、金を返してくれる企業には銀行は融資します。どこの銀行も融資しないのは、その企業が破綻する可能性が高いからです。こういう企業に政投銀が融資して貸し倒れになったら、その損失は税金で穴埋めされます。そしてこうした裁量的な政策によって官僚の権限が強まり、政府が企業を指導する「社会主義化」が進み、官僚の天下り先も温存されるわけです。
政府が特定の企業を救済することは、事後的には望ましいことが多い。しかし救済が日常化すると、企業はそれを織り込み、経営が苦しくなったらリストラをしないで政府に泣きつくようになります。そしていったん政府が企業に出資したら、その資本を守るために政府はずるずると出資を拡大せざるをえない。こうしたソフトな予算制約(SBC)は社会主義国に広く見られ、その崩壊の最大の原因になったといわれています。90年代から日本経済が低迷している最大の原因もSBCです。
いま日本経済に求められているのは、こうしたしがらみを断ち切り、資本主義のルールにもとづいて企業を淘汰し、人的・物的資源を古い企業から成長部門に移転することです。小泉改革を否定して温情的なバラマキを行なうのは、選挙対策としては有効でしょうが、古い産業構造を温存して日本を「失われた30年」に導くおそれが強い。さらに情けないのは、民主党が小泉改革の否定を掲げていることです。今度の総選挙は、構造改革をいかに巻き戻すかというポピュリズムの争いになりそうです。
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