理科離れどう考える - 原淳二郎

2010年08月24日 16:26

学生の質問に答えて学生から理科離れ現象についてインタビューを受けた。日ごろ考えていたことを雑談風に話したが、若い人が理科離れに関心を持つことはいいこと だ。学生に答えたことも含め改めて考えてみた。


私が大学に入ったのは1964年。高度成長が続いていた。理系の入学定員は毎年のように増員され、東大理科1類の定員は1000人くらいだった。産業界が 研究者、技術者の供給を大学に求めていたのだろう。私が専攻した原子力工学などはその良い例だ。まだ商用原子力発電は始まっていなかったが、原発 時代到来を予期して原子力技術者の養成が急務だった。

他にも新しい学科が新設された。都市工学もそのひとつだった。原子力に進学した時、私のクラスは5回生だった。伝統的な学科の中で学生の人気がない学科も あったが、廃止されることもなく全体の定員は増えた。

同級生で専門から離れて就職したのは私以外にはいなかった。理科離れという言葉もなかった。その原子力工学科も90年代の初め学生の人気がなくなり、シス テム量子工学科に名前を変えた。看板を変えて理科離れが阻止できるなら話は簡単だが、日本の理科離れは相当根が深い問題である。理科離れはたぶん 80年代のバブル期に顕著になったのではないか。

私の学生時代、科学技術の未来に学生も社会もあまり疑問を抱いていない時代だった。理系学生は難しい学問をしているというだけで社会的には珍重される存在 でもあった。文系学生は遊び人、理系学生はまじめ人間という仕分けが一般的だった。戦前は理系学生は徴兵でも有利だったと聞く。社会から珍重される存在だった。

戦前の理科教育重視が戦後の経済再建に貢献したともいわれる。現在は少子化時代。若年層人口が減っている。大学進学率が一定なら、理系卒業生が減るのは当たり前である。少子化で研究者の総数が減少すると中国に科学技 術でも負けるから増やせと心配する人もいる。

まるで戦前の産めよ増やせよの標語を聞いているような錯覚を覚える。科学技術の水準が人口の多寡で決 まるのなら、人口の少ない国は科学技術で最先端に立てない。日本より人口の少ない英国、ドイツ、フランスの科学技術水準は日本より低いことになる。

そんなことはありえない。卒業後、文転して新聞記者になったが、理系出身という「前科」みたいな経歴は定年までついて回った。文系が圧倒的に多い新聞社だから仕方がないが、理系な ら数字に強いだろうとか理系なら専門外でもこれくらい分かるだろうとか、ヘンな先入観で見られることに辟易した。

実験や生産の現場で数字を間違えると大変だが、理系人間は普段細かい数字は気にかけない。特に物理系ではオーダー(桁数)で考える習慣がある。理系だから数字に強いなどというのは誤解である。大蔵省に勤める文系の役人の方がよほど数字は強いはずだ。理系への偏見と誤解は日本社会特有の現象なのかもしれない。

海外で理系文系の差別というか峻別にお目にかかったことはない。日本の企業社会では理系が出世するチャンスは少ない。理系社員が多い企業、たとえばNTT、日立などでは理系文系が交互にトップになる例もあるが、理系 トップは例外的存在である。

政権交代で理系出身の鳩山由紀夫が首相になった。次の菅直人も大学時代は理系だが、歴史的にきわめて例外的存在である。鳩山前首相が宇宙人などと揶揄され る社会の雰囲気は変わっていない。

理系と文系で生涯獲得賃金にどれくらい差があるか調べた人がいる。数字は忘れたが明らかに文系が優位だった。これが理科離れの実態であり、いまに始まった 現象ではないことが分かる。

企業内での研究で業績に大きく寄与した発明や発見をしたのに、それなりの待遇を得ていないとして訴訟に訴えるケースが90年代以降増えてきた。訴訟に勝っ ても報酬は高々数億円である。しかも訴訟できる理系社員など例外中の例外である。

大発明、大発見などだれにでもできることではない。いままで企業内で業績に寄与した研究に報酬を支払う制度がなかったわけではない。だがその恩恵を受ける人もごく限られている。企業トップが毎年受け取る役 員報酬に比べればスズメの涙である。

これらが積もり積もって文系との生涯賃金の格差となって現れる。かつて大学受験に際し、私の志望だった考古学では「メシは食えないぞ」といわれて簡単に理系志望に変えたように、「こんな待遇ではつまらない」と理科離れ を起こす若者が続出しても不思議ではない。

若者は自分の未来に敏感に反応する。食えないとなったら、文系志望でも理系に転向するし、待遇がいいとなれば、理系でも簡単に文転する。科学技術は日本の礎であると政府は科学技術予算に重点配分してきたが、財源不足で最近は重点投資というか核になる技術開発に優先順位をつけて振興しようという方向に変わってきた。

選ばれた分野の研究者はいいが、選択に漏れた研究者はお気の毒である。研究者は本来の研究を離れて研究費獲得に血道を上 げざるを得なくなる。どの研究が日本の国際競争力の源泉になるのか。それが分かればそれは科学技術振興ではなく、産業振興であり経済対策である。科学技術予算として組まなくて もいい。

研究者が本来の研究に没頭できる環境を作ってやることこそ科学技術振興政策の中心になるべきである。政府の科学技術政策のあり方もさることながら、研究開発に携わる理系社員の待遇を文系と同等以上にすることが理科離れを阻止する最初の有力な手段である。

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