プーチンの侵略戦争が民主主義陣営を覚醒させる

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脆弱な政治体制を再建する好機

プーチンの侵略戦争の暴虐ぶりをリアルタイムでテレビ、ネットを通じて、世界が注視しています。戦争映画でも見るように、独裁政権による戦争の非道さを目の当たりにするのは人類史上、戦争史上、初の体験です。

世界全体を見渡すと、民主主義国家の数を専制独裁政治国家の数が上回ったとされます。その最中に民主主義の脆弱性をあざ笑うようなプーチンの侵略戦争は、民主主義陣営に覚醒をもたらす局面に入ったと思います。

専制独裁政権は独裁者の意思一つで、主権国家の領土を侵略し、自由と人権、市民の平和な生活を奪い取り、殺戮をいとわない。その生の姿に接して、民主主義国家の抱く危機感は最高レベルに達したようです。

ウクライナのゼレンスキー大統領が16日、米連邦議会でビデオ演説し、「ウクライナを助けることは欧州を、世界を助けることになる。バイデン大統領は世界のリーダーであり、平和のリーダーである」と、語りかけました。8日には、英議会でも同種の演説しています。

米国は最大の民主主義国家であり、ウクライナは民主主義を守るために血を流して戦っている最前線です。歴史的な演説です。ロシアの総攻撃で破壊された街、肉親をなくし、泣き崩れる市民の映像は簡潔に編集されていました。日本も議会演説の機会を提供すべきです。

私は民主主義陣営が結束を誓いあった瞬間と思いました。「旧日本軍による真珠湾攻撃、米同時多発テロを受けて米国が戦った」との表現には、異なる次元の出来事を並べているという違和感は覚えました。それでも全体としては、断崖に立つ民主主義の危機の実相を伝えてくれました。

ポーランドなどの東欧3首脳はキエフを訪問し、ゼレンスキー政権を激励しました。EU(欧州連合)は24日に首脳会議を開き、仏独など27か国の首脳が参加し、バイデン大統領も対面形式で討論に加わります。民主主義陣営の総結集で、これほど結束のシーンを次々に見せることは稀です。

米欧を始めとする民主主義陣営、国際社会はロシアに非軍事面で、波状攻撃をかけています。史上最大規模です。包括的な経済制裁、中央銀行の機能マヒと通貨ルーブルの急落、渡航禁止、企業の撤退などで、プーチン政権に圧力をかけ、最終的には退陣、排除に追い込むつもりです。

「ロシアの侵略、人道犯罪の即時停止を」(朝日新聞社説)、「日本は国際連帯を牽引せよ」(読売)、「ロシアは企業の撤退を深刻に受け止めよ」(日経)という指摘では物足りません。この程度なら誰れでも書ける。

「民主主義陣営は結束し、専制独裁政権と対峙し、民主主義の脆弱性を克服する時だ」と、真向から本質を突く主張を展開すべき場面なのです。「国内からも混乱の輪が広がる民主主義陣営が覚醒すべき時が今である」と、私なら書きたい。

中国はロシアと固い連帯を結び、ウクライナ戦争で最も有利なポジションに立ちつつある。傷だけになったプーチンはますます中国の支援を求め、米欧日は波状的な対ロ制裁で負の影響を受ける。中国は笑みを浮かべる。

ウクライナに親露の傀儡政権が樹立され、中国頼みのプーチンが生き残れば、民主主義陣営にとって最悪の将来が待っていることになります。習近平専制独裁政権がますます影響力を拡大する。台湾統一攻勢をかけてくると、日本に直接的な影響が及びます。アジアが次のウクライナになる。

ウクライナ戦争の停戦にとどまらず、プーチンの排除が不可欠です。ロシア自身もプーチンの時代を幕引きするチャンスがきたととらえるべきです。

スウェーデンの調査機関によると、「民主主義国は87か国、非民主主義国は92か国」で18年ぶりにその数が逆転(2019年)したといいます。英エコノミスト紙系の調査(18年)では、「完全民主主義国75か国、欠陥民主主義国52か国、独裁国家52か国」だそうです。

民主主義国家は「意見が多様化しすぎ、議会も割れ、基本的政策を決められない政治」という欠陥を指摘されます。東西冷戦の終結でソ連が崩壊し、民主主義の時代に入ったと自認しているうちに、形勢がおかしくなった。

米国では、トランプ前大統領が米国の分裂を煽る政策を進め、支持者らが連邦議会を占拠しようとする行動をとるなど、民主主義自体の自壊が懸念されています。民主主義と両輪の市場経済が所得格差を拡大し、民主主義自体の基盤を危うくするなど、重大な欠陥が表面化しています。

最新号の月刊文春では、元外務省欧州局長だった東郷和彦氏が時代錯誤としか言いようのないプーチン礼賛論を披露しています。こんなことをこの時期に言うベテラン元外交官が日本にいるとは、驚きます。

対談「プーチンの野望」で、「プーチンに対する最初の印象は『ボナパルト』で、フランスをまとめ上げていったナポレオンのイメージと重なった」、「ロシア、ウクライナ、ベラルーシをスラブ3兄弟とする見方には説得力がある」と。プーチンの残虐性を見て今頃、反省しているに違いない。

独裁者プーチンの残虐性を見せつけられ、民主主義陣営が恐怖を覚えたことは、民主主義国家にとっていい機会になります。中露の結束が強化され、習近平政治が外交にまで広がっていくと、ウクライナ戦争と比べものにならない危機が表面化する可能性が多分にあります。


編集部より:このブログは「新聞記者OBが書くニュース物語 中村仁のブログ」2022年3月17日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は、中村氏のブログをご覧ください。