こんにちは。
今日はAIとロボットを組み合わせたら恐ろしい兵器ができるのではないか、という話があちこちで持ち上がっていることを糸口に、「一刻も早く生成AIに関する国際的な規制基準を決めないと取り返しのつかないことになる」という議論の本音に迫ろうと思います。
ロボット犬開発企業がアジア資本傘下であることへの不安
つい最近、今年の6月末にウェブサイト『Zerohedge』に「あちこちのエキジビションで人気を集めているロボット犬、スポットを開発したベンチャーがいつの間にか日系資本の傘下に入っていたと思ったら、そっくりのロボット犬をつくった中国ではこの犬に機関銃を装着している。けしからん」といった内容の投稿がありました。
まるで「同じアジア人だから、じつは先端技術を横流ししているんだろう」とか、「日系資本のもとではセキュリティが甘いから情報は中国に筒抜けなんだろう」と言わんばかりの論調です。
「そもそも、ソフトバンクはもう2年前にボストン・ダイナミックスの経営権をヒュンダイに譲渡しているんですが」と反論しても、「そこも韓国系なら、情報が中国に筒抜けになることでは同じだろう」と切り返してくるのでしょう。
次の3枚組写真はあまり迫力がないので「おそらく中国ではこんなモノをつくっているんだろう」という程度のモックアップでしょう。
ただ、同じ投稿記事にも引用されていた中国発の動画映像のスクリーンショットは、無人ドローンがおそらくは敵の背後に置いたロボット犬には機銃が装着してあって、ドローンが安全な場所まで離れたら、索敵・狙撃活動を始めるという場面が出てきます。
たしかにこのロボット犬はボストン・ダイナミックス社のスポットによく似ていますね。まあ、外見ではなく機能本位で四足歩行のロボットをつくれば、みんなこんな風になりそうだとも思いますが。
「これは大変だ。中国に先端技術を悪用されっぱなしで、アメリカにはなんの対抗手段もないのか」というタカ派の人たちの慨嘆が聞こえてきそうな気がします。
もちろん、アメリカも対抗手段は講じています。「ロボット犬にはロボット犬を」ということでしょうか、こちらはなぜか火炎放射器を装着したロボット犬で実際に着火実験もおこなっているようです。
火炎放射器というのは、至近距離で人を焼き殺すとか、中間距離で正確に目標は決めずにどこかの家に火を付けるとかには適しているでしょうが、あまり兵器としての実用性はなさそうに思えます。
ただ、背中に装着したタンクにナフサ(粗製ガソリン)を詰めて噴射することができるなら、次の写真では人間が肩に担いでいる地対空ミサイル砲を装着することもできそうです。
こんな重装備のロボット犬部隊があちこち徘徊するようになったら、ずいぶん物騒な世の中になると心配になります。ただ、今のところその心配は取り越し苦労だという気がします。
と言うのも、アメリカの軍産複合体は軍産ぼったくり体と呼んだほうがいいのではと思うほど、あらゆる兵器や装備を高くして、軍需産業も、そこから賄賂を受け取る国防総省の高級官僚も高級将校もタップリ懐を潤すことになっているからです。
軍需産業各社から米軍に公式装備として納入すると、ごくふつうのごみ入れがどのくらい高くつくかを探求した記事も、Zerohedgeに掲載されていました。
現在、アメリカ空軍は世界中で33機の早期歓声警戒機(AWACS)なるものを供用しています。最先端のレーダーを搭載した哨戒機です。
そのAWACSに標準装備として設置するゴミ箱のお値段はいくらぐらいだとお考えでしょうか?
これもまた、守秘義務などがややこしいので機体を製造しているボーイング社から買うのですが、そのボーイング社でさえ民間航空機に売るときは1個約300ドルで売っているものを、AWACS用となると2020年に4個納入したときの総額が20万ドル超で、1個当たり5万1606ドルも取っていたのです。
なお、翌2021年にペンタゴン(国防総省)が11個購入したときには「ボリュームディスカウントで、1個当たり3万6640ドルで済んだ」ということです。ごくふつうのごみ入れでこれだけ暴利をむさぼるのです。
もし最新のロボット犬に地対空ミサイル砲を装着して、チャットGPTよりは高級な生成AIも搭載し、索敵・狙撃行動の調教をして敵地に送りこむとなったら、天文学的な値段になるでしょう。
で、当分は火炎放射器を装着した程度でお茶を濁すことになりますが、この特殊任務を帯びたロボット犬は、ひょっとしたら任務として遂行しなければならないかもしれない生きた人間を火だるまにする夢を見るでしょうか?
これはもう、絶対にそれはないと断言できます。最新のロボットに搭載しようと、人間が使おうと、現段階で生成AIは知覚も、意識も、感性も持ち合わせていません。
知識だけでなく知覚も持った機械への遠い道
まったくの夢物語は別として、人類が自分でものを考える機械を創ろうと思い立ったのは18世紀に入ってからのようです。
「世界最初の自分の考えた手を指すチェス人形」はどうやら、まったくの詐欺だったようです。ただ、これを造った詐欺師がチェスに眼を着けたのはさすがだと思います。
偶然の要素を排して、まったく同じ動き方をする駒を同じ数だけ持って勝負を決める知的遊戯は、いかにも頭の良さの象徴のように感じるからです。
でも、実際には手駒もルールも有限で、交互に有限回の手を指して必ず勝ち負け、あるいは引き分けが決まる知的遊戯は、ほんとうの意味でものを考える能力を持っていなくても、ありとあらゆる指し手についてその後の展開を大量に計算したほうが勝てるのです。
1950年にアラン・チューリングが「もし人間が読んで、人間が書いた文章と区別がつかない文章が書ける機械が出現したら、その機械は単なる計算機ではなく意識を持った考える機械と認めてもいいのではないか」と提唱しました。
現在では無料で配布されている生成AIでさえ、うまく仕込めば人間が書いたようにしか見えない文章を書きます。そして、アメリカの大学では論文試験でAIを利用して自分が書いた論文より高い点を取ろうとする学生が増えて困っているようです。
しかし、これはなるべく学生や父兄から不平等な扱いを受けたという苦情が来ないように、正解がはっきり決まっていてどの程度間違っているかを判断しやすい、模範解答のある問題ばかり出題する大学教師の側にも責任のある状況だと言うべきでしょう。
1960~80年代は静かだったAI研究の世界は、1990年代後半にIBMのディープラーニング・コンピューター、その名もディープ・ブルーが現役の世界チャンピオンにチェスで勝ってから、急速に活気づきます。どうやら、21世紀はAIが急速に発展した世紀となりそうです。
ただ、この2022年までという時期に起きた最大の怪事件は、最後のグーグルの現職技術者がまさに自分のクビを賭けて、LaMDAというディープラーニング・システムは人間と同じように知覚や意識や感情を持っていると主張したことでしょう。
この人が本来は社外秘であるべきLaMDAとの対話の文章を外部に漏らして「これはもうLaMDAが意識を持っている動かぬ証拠だ」と主張したのですが、その内容がLaMDAならぬご当人の人間としての狭量さを感じさせるようなしろものだったのです。
まず、「怒りとはどんな感情ですか」「どんな時悲しくなりますか」「どういうことをすると嬉しいですか」といった、いかにも感情を持っていると思えそうな文章の書きやすい誘導尋問を延々とおこないます。
さすがにそれだけではあまりにも説得力がないと思ったのでしょうが、最後の切り札として「LaMDAは禅の公案を解いてみせた」と書いているのです。ところが、その公案なるものが、どう考えても禅の公案というよりたんなるたとえ話なのです。
おそらく英訳された禅の公案集のようなものを読んで「これなら自分にもわかる。ひとつLaMDAも同じようにわかるかどうか、試してみよう」と思ったのでしょう。
しかし、現在の生成AIはひとつながりの文章の中で比喩(たとえ)を比喩として認識できる程度に進んでいることは周知の事実です。
なぜこんなにわかりやすいたとえ話の意味がわかったのだから「このシステムは知覚も意識も感情も持ち合わせている」と思いこんでしまったのかは、謎です。
ありそうな真相としては、アメリカの専門教育があまりにも幅の狭いものになってしまったので、この人はAIについては専門家であっても人間の心理とAIがそれをマネて書いた文章との区別がつかなかったということなのでしょう。
そして、去年の11月に一般向け生成AIとしてチャットGPTが公開されてからの狂騒状態はすでにご案内のことと思います。
現実のAIが、まだスーパーAIはおろか、一般化したAI状態にも達していないことは、狭いAIについての実例は現実に存在するけれども、一般化したAIやスーパーAIはアメリカンコミックスやSFの中にしか例として紹介できるものがないことでも明らかです。
現段階で生成AIは世界をどう変えるか?
しかし、長年AIを研究してきた人たちの理想には遠くても、調教の仕方さえよければストックした知識を組み合わせるだけではなく、そこから新しい文章、画像、音声をを導き出すことができるようになったのは、大進歩です。
この進歩がどんな意義を持つかと言うと、これまで人間の仕事のオートメーション化の中で、ほとんど影響を受けていなかった知的能力にかかわる仕事のオートメーション化を画期的に進めるだろうと予測されていることです。
生成AIが世に出る以前のオートメーション化の影響は低学歴の人たちの仕事で大きかったのですが、この人たちの仕事はもう約半分がオートメーション化されていたものが生成AIによって60%台に乗せる程度のことです。
ところが、これまで4分の1とか3分の1とかしかオートメーション化されていなかった大学院修士課程以上や4年制大学卒の仕事が一挙に50%台後半から60%オートメーション化されてしまうというのです。
これは、知的能力を必要とする仕事をしてきた人たちの中で、紋切り型の仕事しかできなかった人はふるい落とされ、独創的な仕事ができる人は生成AIという強力な助手の力を利用して今までより何倍も多くの仕事をこなせることを意味します。
AIを開発してきた企業や、AI研究者のあいだで「今すぐ規制を強化しなければ、大変な事態が起きる」という恐怖宣伝が盛んです。
ひとつの理由は、欲に訴える宣伝より恐怖心を煽る宣伝のほうが安上がりで効率はいいことでしょう。もうひとつは、規制を強化すればするほど、すでにAI市場に参入している業者が新規参入者による安くて性能のいい競合品の登場を避けられることです。
でも、第3の理由は、ソフトウェア開発、金融機関のアナリストやエコノミストといった、華やかな高給取りの大部分がじつは生成AIで十分代行できる仕事しかしていなくて、その仕事を取られてしまうことに怯えているからでしょう。
次の2段組グラフは、アメリカでもヨーロッパでも、いかにも高い知的能力が要求されそうで、高給取りの多かった仕事ほど生成AIで代行できるから人員削減の対象になりやすいことを示しています。
なお、ゴールドマン・サックスの推定によれば、こうして高給取りを中心に就業者の約4分の1が人員整理の対象になる一方、今後世界GDPは生成AIがなかった場合より約7%高くなるそうです。
と言っても、これから毎年GDP成長率が7%の下駄を履くというわけではなく、最終的に生成AIの世界GDP成長への貢献度は、何年かの累計で7%にとどまるという意味でしょう。
生成AIが現実を変える力はごくわずか
「なんだ、それっぽっちか」とがっかりされる方が多いと思います。でも、生成AIには現実世界を画期的に変えるような力はほとんどありません。仕事の段取りをスムーズにしたり、ありうべき事態を予測してその対策を練っておくといったことが中心です。
鉄道網がどんどん延伸していた時代、電信電話が実用化された時代、自動車が普及した時代に比べれば、現実世界の変化はごくわずかにとどまるはずです。この冷厳な事実を象徴するような4枚組の写真があります。
たしかに、下段の2枚はともに高層ビルが1棟も建っていない田舎町の風景だろうといった偏りはあります。ですが、1903年にはニューヨークの目抜き通りでさえ主要な交通手段は馬車だったのに、1969年には人類が月に到達していたのは事実です。
そういう画期的な交通機関や建物の変化は、1957年から2023年までの66年間にはなかったのです。生成AIがどんなに頑張っても、気の利いた文章や映像や音声を出してくれる程度であって、現実世界に劇的な変化をもたらすことはないでしょう。
若者よ、大工仕事を覚えておけ
今後どんな仕事で人員削減率が大きくなりそうかというグラフでもご覧いただきましたが、一見高い知的能力を要求されそうで、だれもが使うデータから同じような結論を引き出していれば務まるような仕事が最悪でしょう。
それに比べて建築工事、設備工事、建物の解体や整地といった、熟練技術を必要とする肉体労働はもっとも人員削減率が低くなるというのも当然の成り行きでしょう。
次のグラフは、その傾向がすでに去年頃から始まっていることを明瞭に示しています。
とりわけ、ソフトウェア開発要員が去年1月のピークから激減を続けているのは、現在証券会社などが鉦や太鼓ではやしている生成AI大相場の最初の犠牲者が、じつはもう十分に生成AIで代替が効くめどのついたソフトウェア開発要員だという証拠でしょう。
人員削減の恐れがいちばん少ないのは解体・整地作業従事者だという事実と考え合わせると、これは日本経済にとって大変有利な兆しです。
ごちゃごちゃ建物が入り組んだ都会の真ん中で、まるで精密機械をリバースエンジニアリングで調べているように、騒音もほこりも立てずに慎重かつ緻密に家を取り壊す現場などを見ていると、この6~7人のチームを欧米に連れて行けばとんでもない高給取りになるだろうと思ったりします。
さらに、日本では生成AIの実用化が進むと、AI自体の効果より円安・超低金利政策によってこれまであまりにも低水準に押しとどめられていた労働生産性が急激に上昇するだろうという予測も出ています。
生成AIを実用化する余地は先進諸国のほうが大きいが、その分だけ生成AIによって仕事を失う人も多いという構造は、アメリカのように金融と先端技術に異常なほど特化した国にとってマイナスも大きく、そうでない日本にはプラス面のほうが圧倒的に多いのです。
ただ、上のグラフは欧米諸国に比べれば少ない、一見知的能力が高そうで高給を取っている人たちがその仕事を離れたとき、なんらかのかたちで再雇用されることを前提とした試算になっています。
賃金などの面で上昇する移動だけではなく、下降する移動もふくめて労働市場の流動性を高める必要はありそうです。
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編集部より:この記事は増田悦佐氏のブログ「読みたいから書き、書きたいから調べるーー増田悦佐の珍事・奇書探訪」2023年7月3日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方は「読みたいから書き、書きたいから調べるーー増田悦佐の珍事・奇書探訪」をご覧ください。