1. 賃金・俸給と雇用者数
前回までは労働者の雇用保護についてOECDの統計データをご紹介しました。
データを見る限りでは日本はアメリカやイギリスよりは雇用保護が厳しい面がありますが、その他大多数の先進諸国より弱いという特徴があるようです。
今回は、OECDで公開されている平均給与について考えてみたいと思います。
OECDでは、先進国各国の平均給与(Average annual wages)が公開されています。
この平均給与とはいったい何なのか、どのように計算されているのかを確認してみたいと思います。
まずはこれまでもご紹介してきた、日本の平均給与(又は賃金)についてまとめてみましたのでご覧ください。
図1が日本の平均給与です。
民間給与実態統計調査(赤)、法人企業統計調査(緑)、毎月勤労統計調査(黄とピンク)、OECD(青)のデータとなります。
同じ平均給与を表現していても、結構な開きがありますね。
1990年代後半をピークにして減少し、停滞傾向であることは共通しています。
2010年以降やや上昇傾向であることもわかります。ただ、その上昇具合が統計データによって大きく異なるようです。
対象や基準が異なるはずですので、数値や傾向が変わるのも当然ではあります。
民間給与実態統計調査には公務員は含まれませんし、このデータの場合は1年勤続者のみとなります。
法人企業統計調査は法人企業のみで、このデータには金融・保険業の労働者や公務員は含まれません。
毎月勤労統計調査は5人以上(または30人以上)の事業所のみです。また、労働者の中には、フルタイム労働者もいればパートタイム労働者もいますね。
それらの取り扱いがどのようになされているのかも大きく関係しているものと思います。
OECDのデータは一体どのように計算されているのでしょうか?
OECDの公開している平均給与(Average annual wages)の計算方法は、この資料にて公開されています。
この資料によれば、次のように計算されているようです。
国民経済計算(National accounts)に基づく賃金・俸給(Wages and salaries)を、経済全体の平均雇用者数で割り、全雇用者の週平均労働時間に対するフルタイム労働者の週平均労働時間の割合を掛けることで得られる。
つまり、賃金の総額を雇用者数で割って、雇用者1人あたりの平均給与を計算した後、パートタイム労働者がフルタイム労働者と同等の時間働いたと見なした場合の調整を行うという事になります。
こうする事によって、パートタイム労働者の給与水準を含めて、同じ基準で各国比較できるという事なのだと思います。
英語表記では、Average wages per full-time equivalent employeeと記載されています。直訳するならば、フルタイム相当労働者の平均給与という事になります。
国民経済計算の分配面では、雇用者への分配は雇用者報酬(Compensation of employees)と呼ばれます。
このうち、実際に雇用者に支払われるお金が賃金・俸給(Wages and salaries)で、残りが雇主の社会負担(Employer’s social contributions)です。
雇主の社会負担は、社会保険料の企業側負担分などになります。
GDPの分配面では、いったん雇用者に分配されたことになりますが、実際には政府に分配される分ですね。
計算上は第2次分配勘定で、家計から政府へ分配される中に含まれます。
このような処理を、雇主の社会負担の迂回処理と呼ぶそうです。
実際に雇用者に支払われるのは、賃金・俸給という事になりますので、平均給与の計算にこの数値が用いられるのは納得感があります。
また、雇用者は労働者の一部ですが、労働者の全てではありませんね。
OECDでは、労働者(Employment)は、雇用者(Employees)と個人事業主(Self-employment)の合計として表現されます。
もちろん、労働者のうち大半は雇用者です。
今回の平均給与はあくまでも、雇用者へ分配された賃金・俸給を、雇用者数で割るものであるという事になります。
2. 平均給与の検証
OECDの平均給与の計算方法が、本当にその通りなのか少し検証してみたいと思います。
まずドイツのデータで検証してみた結果を見ていただきましょう。
図2がドイツの平均給与について、OECDのデータを検証したものです。
OECD公表の平均給与が緑のライン、計算値2(青)が今回OECDの定義に従って計算した平均給与の数値です。
両者がほぼピタリと重なることがわかりますね。
計算値1は、賃金・俸給を単に雇用者数で割った数値です。
この数値は、雇用者1人あたりの平均給与と言えます(パートタイム労働者含む)。
計算値2がこの数値よりも幾分か嵩上げされているのは、フルタイム労働比率(1よりも大きい)をかけているからです。
フルタイム労働比率は、雇用者の週間平均労働時間に対する、フルタイム労働者の週平均労働時間として計算しています。
この割合が大きいほど、パートタイム労働者の割合が大きい事を表します。
このように、OECDの平均給与は、フルタイム労働者の平均給与(相当額)を計算している事になるわけですね。
せっかくですので、他の国々についても検証結果を見てみましょう。
図3がアメリカ、フランス、イギリス、イタリアの平均給与の検証結果です。
各国ともほぼ公表データと計算値が一致していますね。
アメリカがやや離れていますが、他の国々はほぼ一致します。
今回検証した計算方法は、OECDの計算方法とほぼ一致するという事が確認できましたね。
3. フルタイム労働比率
残念ながら日本についてはフルタイム労働比率を計算するためのデータが、OECDの公開データの中にありませんでした。
図4はOECD公表の平均給与のデータと、賃金・俸給を雇用者数で割った数値です。
やはり他国と同様に、数%程度の乖離がありますね。
先ほどの計算が正しいとすれば、この乖離分が日本のフルタイム労働比率という事になります。
近年になるにつれて、ややOECD公表データの数値がプラス気味に調整されているように見受けられます。
これはパートタイム労働者がその分増えて、フルタイム相当に補正する割合が増えているという事を意味すると思います。
図5が主要先進国のフルタイム労働比率です。
概ね各国とも105~115%くらいで推移しているようです。ほとんどの労働がフルタイム労働者によるものであるという事になりますね。
日本は計算式から逆算してフルタイム労働比率を算出しています。
主要国でも低めの水準から、やや上昇傾向が続き、近年ではドイツやイギリスに近い水準という事がわかります。
4. 平均給与の計算方法の特徴
今回は、OECDで公表されている平均給与(Average annual wages)の計算方法について検証してみました。
GDP分配面に計上される賃金・俸給を雇用者数で割り、更にフルタイム労働比率をかける事で計算される数値であるという事がわかりました。
こうする事によって、フルタイム相当労働者の年間平均給与を推定した事になり、より公平に各国比較ができるという事になりそうです。
国ごとの基準も揃いやすいというメリットもあるのではないでしょうか。
皆さんはどのように考えますか?
編集部より:この記事は株式会社小川製作所 小川製作所ブログ 2023年10月6日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方は「小川製作所ブログ:日本の経済統計と転換点」をご覧ください。