スイスで「中立国の堅持」問う国民発議

フィンランド、そしてスウェーデンと北欧の代表的中立国の2カ国がその国是の中立主義を放棄し、北大西洋条約機構(NATO)に加盟した。ロシア軍がウクライナに軍事侵攻したことを受け、中立主義ではロシアの軍事的侵略から国を守れないという判断からのシフトチェンジだ。欧州では中立主義を堅持している国は2カ国となった。アルプスの小国オーストリアとスイスの両国だ。

スイスのジュネーブの国連欧州本部(2012年11月1日、撮影)

オーストリアではロシアのウクライナ侵略後、中立主義の堅持について議論が沸いたことがある。中立国だから紛争の地での軍事活動はできないが、地雷除去は人道支援の一環という判断からヴァン・デア・ベレン大統領が外遊先で提案した時、「地雷除去支援は中立主義に違反する」という声が出てきた。野党極右党「自由党」だけではなく、与党「国民党」党首、ネハンマー首相自ら「わが国は中立国だからウクライナでの地雷除去支援はできない」と説明し、大統領の提案をあっさりと却下した。

そのネハンマー首相とタナー国防相は昨年7月1日、欧州の空域防衛システム「スカイシールド」(Skyshield)へのオーストリアの参加への意思表明を発表した時もそうだった。中立国と「スカイシールド」参加は整合するか、という議論が野党を中心に出てきた(「『中立主義』との整合問う2つの試験」2023年7月5日参考)。

「ヨーロッパ・スカイ・シールド・イニシアチブ」(ESSI)はドイツのショルツ首相が2022年8月末に提案したものだ。現在設置されている防護シールドは、基本的にイランからの潜在的な脅威に備えたものだ。例えば、弾道ミサイルとの戦いや、無人機や巡航ミサイルからの防御において欠陥があり、ロシアからの攻撃には対応できない。そのため、新たな空域防衛システムが必要というわけだ。

ただし、国民の大多数が中立主義の堅持を支持している段階では同国の中立主義の放棄、NATOの加盟といったギアチェンジは考えられない。実際、政府も国民もウクライナ戦争に直面しても中立主義を放棄するような動きはほとんど見られない。ある欧州外交官は、「オーストリアでは中立主義は宗教だ。改宗することは難しい」と解説していた。

一方、スイスは中立主義の定義の見直し(「協調的中立主義」)や武器再輸出法案の是非を検討するなど試行錯誤してきた。ここにきて直接民主主国のスイスで「中立主義の厳格な維持」についての国民発議を問う国民投票が実施される可能性が出てきた。

右翼ポピュリスト政党、スイス国民党(SVP)の元国会議員ウォルター・ウォブマン氏が新聞「ブリック」のインタビューで語ったところによると、「スイスの中立性の維持」という国民発議の国民投票実施に必要な10万人を大幅に上回る署名が集められたという。この発議は4月11日に正式に連邦首相府に提出されるという。

スイスでもロシアのウクライナ侵略戦争が始まって以来、中立性は議論の対象となってきた。欧州連合(EU)加盟国ではないスイスは、EUがロシアに対して課した制裁を受け入れたが、軍事的中立は維持されてきた。

国民党が準備している発議は、いかなる軍事同盟や防衛同盟にも参加しないよう求めている。軍事同盟や防衛同盟との協力は、スイスに対する直接の軍事攻撃があった場合にのみ可能と記されている。また、スイスは交戦国に対して「非軍事的強制措置」を取ることも禁止されるべきであり、今後対ロシア制裁に参加することは許されるべきではないと主張。国連に対する国の義務のみがこの禁止から免除されるというのだ。長年スイスで最も強い政治勢力を担ってきたSVPは当初からEUの対ロシア制裁導入を拒否し、ウクライナ戦争を含めスイスの中立性を厳格に解釈することを要求してきた。

1815年のウィーン会議で永世中立を承認されて以来、スイスの中立は200年以上の歴史を有する。スイス公共放送(SRF)が発信するウェブニュースによると、ロシア外務省は2022年8月11日、「スイスがウクライナの権益を保護する利益代表部の役割を果たすことを認めない」という趣旨の声明を発表した。この声明は第1は敵国ウクライナへの対策だが、スイス側にとって「スイスを中立国とは見なさない」というロシア側の宣言と受け取られた。実際、ロシア側は「スイスは違法な対ロシア制裁に加担している」と説明し、同国が中立主義を破り、欧米側に立っていると非難した(「ロシア『スイスは中立国ではない』」2022年8月22日参考)。

国民投票でどのような結果が出てくるかは分からないが、スイス国民はオーストリア国民と同様、現時点では中立主義を放棄する考えはない。ただし、その運営に当たってより柔軟に対応する方向に動いてきただけに、国民党の中立主義の明確化と堅持を求めた発議に対して、国民がどのような反応を見せるかが注目される。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2024年3月23日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。