新総統の素顔に迫る:周玉蔻『頼清徳 世界の命運を握る台湾新総統』

頼清徳台湾総統インスタグラムより

「父が私に残した最大の遺産は『貧困』であることを皆さんに伝えたい」

5月20日、1月の台湾総統選挙に勝利した頼清徳は第8代中華民国総統に就任した。史上初の三期連続民進党政権であり、表面的には現状維持を維持しながら、潜在的には台湾の独立を志向する、中国共産党にとっての天敵でもある。

そんな台中関係の文脈が強調される中で、頼清徳に独立主義者のイメージをもつ読者は多いはずだ。当然、台湾の独立を目指している一面は頼清徳を形成する重要な要素だが、本書『頼清徳~世界の命運を握る台湾新総統~』(産経新聞出版)は、日本の報道ではあまり触れられることのない一人の人間としての隠れた一面も余すことなく紹介する。

炭鉱労働者の父を早くに亡くし、母子家庭で育った頼清徳。兄二人は中学を卒業後に専門学校を経て、早くに就職。母は子供たちを育てるために、出来る仕事は何でも引き受け、家にいないことも多かった。しかし、こういった残された家族の理解と協力で、頼清徳は学業と運動で高い成績を残して、医師の道を歩むことになる。その後政界に入り総統にまで上り詰めるのだから、苦労人は苦労人でも、いまどき珍しい立志伝の人物である。

「うわさを打ち消すには、行動で示すのが一番いい~(中略)~200人のツアーを組んで日光を訪れます」

2022年7月11日、3日前に暗殺された故・安倍晋三元総理へ弔意を示すため、頼清徳は来日し安倍家を弔問。当時は副総統としての来日で、蔡英文総統の代理という側面があったと推察する。しかし、これ以前から頼清徳は何度も来日しており、その度に日本に対して深い愛情と連帯を示してきた親日政治家である。

2011年の東日本大震災後に「放射能汚染」で風評被害を受けた自治体の一つである栃木県日光市。日光市長が窮状を訴えると、頼清徳は市長をラジオ番組に誘い日光の安全性をアピールさせた。そして「行こう日光」と書かれたTシャツを着用して、訪問団を組んで訪日するのである。

2016年の熊本地震でも義援金を持って訪日するなど、行動で日台関係を支えてきたのが頼清徳その人であることが良く分かる。

多くの住民が自らを台湾人と認識する、現代台湾。一方で台湾人の関心は独立問題にだけあるのではなく、私たち日本人と同じように就職、経済、結婚、子育て、老後など社会問題全般へと広がっている。他の先進国と同様に社会問題を抱える中で、しかし頼清徳は緊張する台中関係を上手く制御し安定化させなければならない。

これから4年間の東アジア情勢を観察する上で、台湾新総統の人物像を探ることは大変意義深いものである。