音楽の都ウィーン市内には先月中旬からウィーン市庁舎前広場など20カ所以上でクリスマス市場が開かれている。今月中旬からは市内約250カ所でクリスマスツリーが売り出されている。ショッピング街はイルミネーションが飾られ、市民のクリスマス気分を盛り上げている。
ところで、オーストリアでは9月29日に国民議会選挙が実施されたが、新政権がまだ発足していない。選挙では極右政党「自由党」が連邦レベルの選挙で初めて第1党に躍進したが、他の政党が自由党との連立を嫌っているため、自由党主導の連立政権はできない。そこで現与党で、第2党の中道右派「国民党」が連立交渉を主導し、社会民主党とリベラル派政党「ネオス」の3党間の連立交渉が進行中だ。ただし、17日の3党党首の記者会見によると、「交渉は山場に差し迫っている」と説明する一方、「クリスマスツリーの下、新政権の発足といった嬉しい状況は期待できない」と説明していた。すなわち、3党の連立政権交渉は年内にまとまらず、新年に入り込む見通しだ。
バブラー社民党党首は「3党の交渉の雰囲気はいいが、まだ乗り越えなければならない問題がある」と指摘、クリスマス期間も休まず交渉を続けていきたいと述べていた。一方、ネオスのベアテ・マインル=ライジンガー党首は「国の命運を決めるだけに、われわれは賢明に交渉を重ねていかなければならない」と指摘していた。
連立交渉の最大の問題は財政赤字の健全化だ。オーストリアの財政赤字は、欧州連合(EU)の安定成長協定(SGP)が設定するGDP比3%以内を超え、財政赤字の累積により公的債務はGDPの約80%に達している。EUはオーストリアの財政規律違反に警告を発している。
ちなみに、オーストリアの財政赤字問題の背景には、2020年以降、COVID-19のパンデミックに対応するため、大規模な経済支援策が実施されたことがある。雇用維持のための補助金や企業への支援策が財政支出を増加させ、赤字の拡大につながった。また、2022年以降のエネルギー価格の高騰は、政府のエネルギー補助金や物価高対策を必要とし、さらなる財政負担となった。
オーストリアでは戦後、社民党と国民党の2大連立政権時代が続いてきたが、2000年以降、国民党・自由党の連立、国民党と緑の党の連立が発足したが、同国で3党の連立政権はない。国民党・社民党・ネオスの3党の連立政権が発足すれば初めてだ。
連立政権に参加する政党が増えればそれだけ政権を維持することは困難になる。例を挙げる。隣国ドイツでは2021年12月に発足した同国初の3党連立政権(社民党、「緑の党」、自由民主党)は予算、財政問題で対立して破綻、崩壊し、来年2月23日に早期総選挙が行われることになったばかりだ。政治信条が異なる3党の連立政権は発足直後から政権内で対立を繰り返してきた。多分、同じことがオーストリアの次期3党連立政権についてもいえるだろう。国の財政赤字を縮小するよりも、社会関連政策を重視し、富裕国民への課税を考える社民党に対し、国家の財政の健全化を重視する一方、企業への投資、減税などを要求する国民党とでは出発点が異なる、といった具合だ。
それではなぜ、政策も政治信条も異なる3党が連立政権の発足を目指してこれまで交渉を重ねてきたのかだ。その答えは案外、シンプルだ。第1党の自由党を排除する以上、3党連立政権以外の他の選択肢がないからだ。ネハンマー国民党党首は自身が首相のポストをキープするためには社民党とネオス以外に連立パートナーがないのだ。社民党は野党生活が長くなったこともあって昔のように与党入りし、政権の旨味を享受したいという思いが高まってきている。小党「ネオス」にとっては政党設立初めて到来した政権入りのチャンスを失いたくないという考えがあるだろう。権力への誘惑と言い換えることができるかもしれない。同国のメディアは、新政権発足は今回のクリスマスには間に合わないが、年が明ければ、3党連立政権が誕生するだろう、と予測している。
看過できない点は、シュタイアーマルク州議会選でトップとなった自由党が国民党と連立政権を発足する運びとなったことだ。州レベルでは自由党は既に政権に入っているが、いずれもジュニア政党としてだ。しかし、シュタイアーマルク州議会の場合、自由党は第1党として州知事を初めて獲得し、政権パートナーに第2党の国民党と組んだのだ。連邦レベルでは自由党外しで政権交渉が進められている最中、自由党が州レベルとはいえ、州首相の地位を得たのだ。オーストリア政界に衝撃を投じている。
連邦レベルでは政権交渉から外されてきた自由党のキックル党首は笑いが止まらないだろう。一方、国民党のネハンマー党首は、自由党が政権交渉に関与させよと再び要求してくるのを懸念し、社民党とネオスとの連立交渉を急いできた。いずれにしても、オーストリアは今年、旧政権(国民党と「緑の党」の連立)のもとでクリスマスを迎える。
編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2024年12月19日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。