現地時間の2/28、ホワイトハウスの執務室でトランプ、ヴァンスとゼレンスキーが言い争う様子は、世界に衝撃を与えた。日本でもここまで多くの人が一斉に話題にする海外の映像は、9.11のツインタワー以来、記憶にない。
なぜそんな事態が世界に配信されたか、見立てはおおむね3つに分かれる。
① トランプとヴァンスが無知で粗暴だから。
② しかし彼らを怒らせたゼレンスキーも拙劣。
③ 最初からこの様子を流すことを狙っていた。
現時点で「断定」するのは陰謀論になるが、私は③が正しいと思う。実際に匿名ながらBBCでは、「外交専門家」もこう言っている。
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ある外交専門家に言わせると、公の場でのこの口論は計画的なものだったのではないかと一部で疑われている。仕組まれた、政治的なひったくりのようなものだったのではないかと。つまり、ゼレンスキー氏をアメリカの言いなりにさせるか、あるいは次に何が起きても彼のせいにできるような危機を、わざと引き起こしたのではないかと。
強調は引用者
事実、トランプはキレたように見えて、”it’s good for the American people to see what’s going on” ともはっきり言っている(以下のCNNの 5:46~)。アメリカの視聴者に対して、「こんなやつとはディールできない!」と見せつける公開処刑として、TVカメラを入れたとする推測は合理的だ。
それではトランプとヴァンスは粗野なだけでなく、ゼレンスキーの「不当な貶め」を目論む悪辣な人物なのか。上記の動画は「口論」のほぼ全体をノーカットで捉えているが、通しで見るとそうとも言えないことがわかる。
冒頭でヴァンスが「我々はバイデンと異なり、外交を重視する」旨を述べたのに対し、ゼレンスキーが「質問していいですか」と口を挟み、プーチンは約束しても破ると主張する。それはいいのだが、ゼレンスキーは今日に至る経緯をこう語る。
彼〔プーチン〕はウクライナの領土の大きな部分、東部とクリミアを2014年に占領しました。……14年には誰も止めてくれませんでした。彼は単に占領し、奪い、人々を殺しました……14年から22年に至るあいだ中、状況は同じでした(during 2014 till 2022, the situations were the same)。境界線では人々が死に続け、誰も彼を止めませんでした。
YouTube の自動書き起こしでは
”became” と出るが、誤記だろう
控えめに言って、これは「盛った話」である。いかに国際法に反するとはいえ、ロシアが突如2014年に国境線を越え、殺戮集団を送り込んできたのではない。同年にキーウで起こったマイダン革命が、ウクライナの国民統合を崩壊させて内戦となり、それに介入したと見るのが正しい(もちろん非合法な介入で、多分に火事場泥棒だったが)。
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続く「プーチンと外交はできない」理由の説明も、詳述されるのはゼレンスキーがプーチンと会談した2019年以降に限られ、14-15年に結ばれたミンスク合意は事実上、スキップされている。
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話の最後に、ゼレンスキーが「どんな外交をしろと?」と問いかけ、ヴァンスが「無礼だ!」と返す、日本のTVでもおなじみの場面が来る。しかし正確には、ヴァンスはその時こう言っている。
I think it’s disrespectful for you to come into the Oval Office to try to litigate this in front of the American media.
私はあなたが米大統領の執務室に来て、アメリカのメディアの前で、これ(あなたの主張)を litigateするのは無礼だと思う。
litigate とは「訴訟を起こす、法廷に持ち込む」の意味で、ヴァンスはイェール大学のロースクール卒だから、辞書通りの語義で使ったはずだ。つまり、ゼレンスキーが話した内容は、あくまで「原告側の言い分」に過ぎず、客観的な事実ではないという趣旨だろう。
実際、反発したゼレンスキーに対して、ヴァンスは ”You bring them on a propaganda tour”(あなたはプロパガンダで人々を操っている)とも言っている。要は、トランプを映しに米国のTVカメラが集まる機会を、「ウクライナの主張」を広めるメディアジャックに使うことは許さない、というのが、ヴァンスの言い分だ。
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このことが持つ意味は、きわめて重大である。
2022年2月にロシアが行ったのが、侵略であることは明らかだったので、もしウクライナに有利なストーリーになるのなら、多少は「盛った話でも聞こう」とするのが西側世界のコンセンサスだった。ヴァンスとトランプは今回、そうした特別扱いをやめますと、TVのリアリティ・ショーを通じて宣言したわけである。
ウクライナの言い分は、もはや社会が認める真実(Truth Social!)ではなく、ロシアの言い分と並べて法廷に持ち込まれる片方の当事者の主張に過ぎない。トランプの米国が「ウクライナの味方」ではなく、紛争を調停する第三者のポジションに切り替えたとする観察とも、整合的だ。
したがって、ホワイトハウスから叩き出されたのは、ゼレンスキーのみではない。ウクライナの主張であればすべてを肯定的に扱い、「疑問を寄せるだけでも許さない!」とばかりにTVやSNSで振るまってきた、日本のウクライナ応援団もまた、米国の正副大統領に「公開処刑」されたのだ。
動画ではこの後、ヴァンス側に立って介入したトランプがゼレンスキーと口論するが、真っ先に「ここではあんたは仕切る役(position to dictate)じゃない!」と告げている(3:28~、2度連呼)。Dictateはもちろん、Dictatorの語源だから、トランプが内心ゼレンスキーをどう見ていたのか、本音がわかる貴重な場面だ。
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さて、こうした結果に終わる会談の前日、トランプはメディアの取材に「独裁者なんて言ったかな?」ととぼけて見せた。ゼレンスキーを自国に招いて、これから会うのだから、表向きはそうはぐらかすのが当然である。
いかなる対中強硬派が今後、日本で首相になったにせよ、習近平との会談前に「独裁者と話してやるぜ!」などと言うはずはない。あなたは前にWiLLやHanadaで……と突っ込まれたところで、「そうだっけ?」と流すだろうし、外交に臨む政治家はそうであらねばならない。
ところが、外交も国際政治もわかっていないウクライナ応援団は、ゼレンスキー(と自分自身)が「公開処刑」される運命の会談の目前、以下のようにはしゃいでいた。
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2月28日(日本時間)
コロナ禍以来、社会とメディアの安易な「専門家」への依存に警鐘を鳴らしてきた私だが、ここまでセンモンカが即座にわかる大外しをするのは「42万人が死ぬ」以来である。冷笑どころか、失笑であり、爆笑ものだろう。
この人は自分も公開処刑されたことを知ってか知らずか、その後はひとつ覚えの「日本にとっても他人ごとではない」論法でファンネルを集めているが、もちろん他人ごとではない。
彼女が日本で唱えるところの、自国の言い分を「叩き込み」「トランプを変えていく」理論に忠実に振るまった結果、ゼレンスキーは晒し者にされ、おそらくウクライナへの支援は止まる。口だけコンサルのようなセンモンカが、まかりまちがって日本の政治や外交にまで影響力を持ったら、私たちはどんな悲惨な末路を迎えるだろうか。
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私たちは「まちがえても反省しない」専門家をいっそう冷笑し、恥を知らせ、発言する意欲を失わせる必要があるだろう。そうした冷笑のひとつひとつが、日本の外交力を高め、防衛力を強め、自国を失う危機に対する抑止力につながることを、トランプとヴァンスは日本人に教えている。
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(ヘッダーは、短いかわり和訳が付くBBCより)
編集部より:この記事は與那覇潤氏のnote 2025年3月2日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は與那覇潤氏のnoteをご覧ください。