自民党と維新の政権合意で、衆議院の定数一割減について合意したが、これは前例のない憲法秩序への挑戦である。
選挙制度の変革は、国会主導でじっくり時間をかけて話し合い、与野党のかなり広範な納得を得て成立している。たとえば、1994年3月に成立した小選挙区比例代表並立制の導入を含む公職選挙法改正案は、衆議院で「賛成325票・反対107票」、参議院で「賛成142票・反対91票」という大差で可決された。
小選挙区3に対して比例2というところに行き着くまでに、小選挙区制を含む政治改革論議の本格的な検討は、1988年のリクルート事件による政治不信の高まりと自民党の参院選敗北を受けて、1989年8月に発足した海部俊樹内閣のもとで始まったから、5年がかりだった。
今回の案のような乱暴なことが通るなら、仮に次期総選挙で自公両党が過半数を大きく割り込んだら、数週間で衆参両院とも完全比例制にしてしまうことだって許されることになるだろう。地方代表も欲しいと選挙区を残したとしても、ドイツのようにドント式にすれば、議席数は完全比例に近いものにできる。
あるいは、次期総選挙で与党が勝てそうなら完全小選挙区、負けそうなら完全比例区に変えてしまうことにもなりかねず、政治の安定を著しく損なう。
この定数是正は、自民党の一部にとって憲法改正をやりやすくする布石としての性格をもっている。しかし、それは禁じ手だから、禁じ手っぽいあらゆる手段で対抗されることになる。
現在、立憲民主党は国民投票の広告・ネット運動・外国人寄付の規制、誤情報対策などの議論が先行されるべきというのを口実に、「条文起草委員会の設置」について反対しており、しばしば審議拒否は禁じ手だとして批判されてきた。しかし、今回のような禁じ手を与党が行使すれば、公明党なども同様の立場に回る可能性が強い。
また、粗暴な選挙制度の改正によって、ぎりぎり両院の三分の二の賛成を得て改正を発議したとしても、国民投票において確実に過半数の支持を得ることは至難の業である。
浅はかな保守派が「自公連立をやめ、比例を減らしたら憲法改正が早まる」とかはしゃいでいるが、まったく正反対だ。
公明党が納得するように慎重に進めないと、国民投票では公明党は賛成でも中立でもなく反対に回るだろう。公明の比例票は、自民党の裏金問題が響いて減らした直近の異常値を例外とすれば、漸減しつつあるといっても10%を超えている。これまでの首長選挙では党の方針に公明支持層の8割程度が従うので、公明党の意向によって「8:2」が「2:8」になることを意味する。

高市早苗総裁(自民党HP)と斉藤鉄夫代表(公明党HP)
つまり、公明が賛成なら公明支持層以外で賛成42:反対48パーセントでも採択されるが、逆なら賛成48:反対42以上が必要であって、これは相当に難しくなる。
かつ、国民投票の正否が何割の可能性なら自民党は勝負を賭けるかといえば、私なら九割だ。なぜなら、国民投票で負けたら、憲法改正ができなかったというだけでなく、日本国憲法全体が日本国民の総意で承認されたことを意味し、二度と「押しつけ憲法論」など主張する余地がなくなり、学校で憲法前文でも唱和させるべきことに反対もできなくなるし、第九条についての司法の判断も厳しめになることも予想される。
安倍元首相でも、公明党が賛成かせめて中立でないと、憲法改正は国民投票で負けるおそれがあると考え、第九条第二項の改正が絶対とは考えていなかった。
私は、憲法改正はそれが国民統合を強化するならやった方がいいと思う。憲法改正は国体維持と、いわば取引として呑まざるをえなかったという意味では押しつけには違いないが、無効とまではいえないというのが、いわゆる改憲派の大部分も含んだ解釈だ。また、その内容は当時の国民から支持されたという矛盾した性格をもっていた。
また、憲法第九条も押しつけられたものだったが、同時に、警察予備隊の設立や日米安保条約の締結は占領下において押しつけられたものであり、独立の段階ですでに第九条は変質しており、戦後日本が非武装中立だったことは一度もなかったことにも着目すべきだ。
そうした矛盾した性格を真摯に受け止めたのは緒方竹虎で、新憲法の意義を認めつつ、なんらかの憲法改正を行うことで、「押しつけ憲法だから認められない」という状態に終止符を打とうとしたわけだ。
私は令和(提唱時は平成)憲法宣言を憲法の一部として採択することを2000年に提案している(『日本の国と憲法 第三の選択』同朋舎)。
これは公明党の加憲と少し似ているが、第2の前文のようなものを憲法に付加して、現代的な憲法精神、第九条のような解釈に疑義がある点の上書き、解釈の実質的な変更や柔軟化の確認などを入れ込むというものだ。
そこでは、五箇条の御誓文や明治憲法の歴史的意義と現行憲法への連続性の確認、戦後憲法の平和主義を条件付きで追認し、過去の経緯は棚上げにして、現時点での憲法認識についての国民的合意を確立することを狙ったものだ。
憲法の位置づけに意識の深刻な分断があって、保守派の人からネガティブに見られたままでは憲法は尊重されないし、逆に、愛国主義もリベラルな人からは「憲法を大事にしない人たちの主張」とみなされている。
私は第2の前文を制定することで、憲法記念日をみんなで祝うものにしたいのだ。
こうしたコンセンサスを実現するためには、私の案も含めて、公明党や国民民主党も納得し、立憲民主党も強く反対しないような憲法改正しかなく、国民投票において不安なく可決されるものであるべきだと思う。
しかし、国会での発議が選挙制度の恣意的改変によって成されてしまっては、国民的統合の増進にもならない。そういう意味で、比例部分のみの定数削減が強引に進められたら、憲法改正どころではなくなる。少なくとも公明党が賛成することはないし、それでは国民投票では、何割か八割かの可能性として僅差で改正は否決されると思う。
ちなみに、第九条について公明党は改正に否定的だが、かつて太田代表が「第九条一項、二項はそのままに、第九条の2を付加する」という可能性を語ったといわれるし、「第九条はそのままだが、第五章で政府の権限として自衛隊に触れて、自衛隊が憲法に合致したものであることを裏から書く」という案を言う人もいる。
私はそれでいいと思う。一番大事なことは、自衛隊違憲説に配慮する必要がなくなることだ。
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