安倍首相の外交路線から離脱する高市内閣

前回の記事で、安倍首相がイラン高官との外交チャンネルの開拓に非常に熱心であったことについてふれた。

安倍首相の外交資産を高市首相は捨て去るか
国際政治学者の方々がメディアに登場して、「中国の認知戦」に対抗する体制を向上させなければならない、といった威勢の良い主張を続けている最中、自衛官の中国大使館侵入事件が起こった。かなり固い思想を持っている人物であるようだ。誰もこの人物を擁護は...

2019年には、最高指導者ハメネイ師と面談するなどの外交努力を目立って行っていた。当時は、アメリカのトランプ政権が、イランとの国際的な核合意から一方的に離脱して、圧力を高める強硬路線に転換していたときだった。安倍首相は、不穏な事態を憂慮し、緊張緩和のための仲介役を演じることを目指していた。実態として、今日のホルムズ海峡の状況にも通じるような事態も当然想定して、あえてイランとの外交チャンネルの充実に苦心していたと言える。

歴史にif(もし)はないが、今日の事態が第一次トランプ政権時代に起こっていたらどうだっただろうか。安倍首相は、培っていた外交チャンネルを活用して、イランとの交渉にあたったのではないだろうか。

翻って、現在の高市政権の態度は、安倍路線とは明確な対比をなしている。イランとは交渉しない、と鼻息が荒い。圧力をかけて「ホルムズ海峡をこじ開ける」といった威勢のいい声も、政権周辺から聞こえてくるが、どうやってこじ開けるのかは、全く不明だ。自衛隊を派遣した程度で、こじ開けられるはずもない。

アメリカが地上軍を派遣して実力行使をして「こじ開ける」のを期待して待っているということなのかもしれないが、そんなことはアメリカにもできない。もし地上軍派遣をしたら、海峡に大混乱が広がる恐れがある。現在すでに通行できるようになった国籍の船舶も通行できないようになり、大迷惑を被る。

普通に考えれば、万が一にもアメリカをけしかけて間違った道に進むのを促すことだけはしないようにするべきだ。できれば、事態を穏便に収めていく気運を高めるほうに貢献すべきである。かつての安倍首相の路線であれば、そうなる。ただ現在の高市政権の路線では、政府の立場も、世論の動向も、全く真逆になっている。中国は悪、イランは悪、という威勢のいい掛け声が、評論家や学者の間にも、飛び交う。

赤澤大臣が「日本はアジアの代表」なので、イランと交渉できない、という発言を行った。どういう意味なのか、不明だ。

東アジアで圧倒的な経済規模を誇る中国、南アジアで圧倒的な経済規模を誇るインドは、すでに自国籍のタンカーにホルムズ海峡を通過させている。それにならって、パキスタンやスリランカなどの南アジア諸国に加えて、東南アジアでもマレーシアやタイが、イランとの協議を通じて、ホルムズ海峡通過の確認を得ている。

この状況で、日本が「日本がアジアの代表です、皆さん、イランと交渉してはいけません、アメリカがさらなる軍事攻勢をかけてイランを完全に駆逐する日が来るのを待ちましょう」、と言うのは、あまりにも「平和ボケ」した緊張感のない話である。

そもそも「日本がアジアの代表」というのは、いったい何のことなのだろうか。「ホルムズ海峡を開放せよ」という要請の表明に賛同した諸国が欧米諸国ばかりで、アジアでは日本だけだったため、わざとそのようなレトリックを使っているのかもしれない(韓国が後で賛同したという報道もあるが)。だが上述のように、アジア諸国は続々とホルムズ海峡を通過している状況では、「日本がアジアの代表」というよりは、むしろ「日本だけがアジアで意固地」と言われても仕方がない面がある。

かつて日本だけが「G7」に加入しているアジアの国なので、「日本がアジアの先進国代表」と考えるような風潮があった。一つ前の世紀の時代の話ではないかと思う。「G7」を「先進国として国際社会全体を代表する協議体」と捉える見方は、減退している。有力な諸国ではあるだろうが、要するにアメリカの同盟諸国が集まって、自分たちの政策調整をするためのフォーラムにすぎない。

現在、高市首相の国際的なイメージにより、G7諸国の中でも際立ってアメリカの政策に、国際法違反であっても迷惑行為であっても、従属していく度合いが高いのが、日本だ。

G7諸国のGDPの合算額は、25年前、21世紀に入ったばかりの頃には、世界経済全体の約3分の2を占める圧倒的なシェアを持っていた、現在では、名目GDPで4割強、購買力平価GDPでは3割程度のシェアしかない。劇的な低落である。

そしてアジアでは、名目GDPでも、そして特に購買力平価GDPでも、中国とインドの経済規模のほうが、日本よりも大きい。それなのに、なぜ日本が「アジアの代表」と強弁できるのか。

安倍首相の時代には、こうした大きな国際社会の構造転換を見越して、「FOIP」を提唱して、太平洋地域とインド洋地域との接合を強調し、日本外交の幅を、広げる努力があった。「クアッド」は、アメリカとインドが共有するプラットフォームとして画期的な意味を持ち、G7とBRICSをつなげる含意すら持った。日米同盟と、新興国重視外交を、円滑に接合していく努力だった。

安倍晋三元首相と高市早苗首相 自民党HPより

その路線にそって、安倍首相のイランとの独自のチャンネルを確立する外交努力もあったはずだ。なぜ今になって、アジア諸国に、「イランと交渉してはいけない、さらなる軍事行動でアメリカがイランを完全破壊するのを待とう」という路線を支持するように働きかけなければいけないのか。

高市政権では、安倍政権時代の気運は霧消しており、ただ対中強硬姿勢と、アメリカ一辺倒傾斜の姿勢ばかりが目立っている。それをもって「アジアの代表」として振る舞いと称するのは、国内世論向けの「昭和の復活」路線としては成立しているのかもしれないが、国際的には的外れで時代錯誤な態度である。

もちろん高市路線で、とりあえずの日本の生存の手段の確保、国益の増進が、図られるのであれば、それはそれでいいだろう。だが今のところは、それが図られる具体的な様子が見られない。国際的には、ひたすら対中強硬路線、国内的には、ひたすらサヨク攻撃路線で、高い支持率の維持だけを考えているように見える。

だが、当然のことながら、高市内閣の支持率が維持されるのと、日本の国益が確保されるのは、全く異なる二つの別次元の事柄である。

今のところ、高市政権の目立った成果と言えば、選挙で大勝した、支持率が高い、といった内向きで、国益そのものとは関係のない事項だけである。だが支持者層は、そのたびに「勝った、勝った」と喜ぶ。国際問題への対策でも、反中国、反サヨクにつなげて、国内世論動向で「勝った、勝った」につなげたいという欲求ばかりが目立つ。

その結果、安倍政権時代の外交よりもかえって時代に逆行しているように見えるのは、現在の危機的状況では、非常に憂慮される。

 

 

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