アメリカとイスラエルが新たなイラン攻撃に踏み切った。この事象をどう見るべきかについては、別途『The Letter』の方に書いておいた。

ここでは、日本がこの事態にどのように向き合うべきかについての雑感を記しておきたい。
今回のアメリカとイスラエルの攻撃は明白な国際法違反であり、もはや議論の余地はない。もちろん、アメリカが国連安全保障理事会で拒否権を持っている以上、この攻撃に対する制裁が国際的に導入される可能性はない。
この状況において日本政府は、ほとんど何も言っていないに等しい声明でお茶を濁している。国際法違反であることを認識しながら、米国の同盟国として非難できないという立場を言外に示したものだろう。

イラン情勢についての会見をする高市首相 首相官邸HPより
現在の高市政権は、右派・反中・軍事的タカ派の層を強力な支持基盤としており、それをテコに衆議院選挙で圧勝した以上、今さら国際法を前面に掲げて政策姿勢を修正することは現実には極めて困難である。
外交面でも、中国との関係を大きく悪化させ、ロシアに対しても敵対的姿勢をとり、二正面対応を辞さない大軍拡路線が既定路線となっているが、これも支持層との関係から修正は難しい。
その結果、高市政権にとってアメリカとの親密な関係がすべての生命線となっている。トランプ大統領は、自らの高市首相への称賛が自民党の大勝につながったとの見解を示している。訪米時には、5,500億ドルの対米投資の早期実行に加え、米国製高額兵器の大規模購入計画を迫られる可能性が高く、対米関係における日本の立場は極めて弱い。中東における米国の行動を非難できないという判断が働くのは、客観的に見れば理解できる。
率直に言えば、高市政権は衆議院選挙での地滑り的勝利によって、かえって身動きが取れない状態に置かれている。
この状況をどう評価するか自体が大きな問題だが、個別事案ごとに日本政府の態度を論評するたびにこの点に立ち戻ることには、あまり意味がない。高市政権には柔軟性を発揮する余地が乏しいという前提に立って現実を見る必要がある。
第一に、日本社会がこれまで声高に掲げてきた「国際社会における法の支配」や「ルールに基づく国際秩序」という言葉の空虚さは決定的に高まっている。欧米諸国との会話で用いるのはやむを得ないとしても、非欧米諸国との外交関係においてこれらの概念を多用することは、かえって外交の一貫性への信頼を損なう。
現在問題となっているのは、より根源的な国連憲章体制の存続、すなわち武力行使禁止原則といった国際法の基礎規範の維持である。「ルールに基づく国際秩序」という概念が、中国に対抗するための対米協調の文脈で用いられてきたという事情だけで国際社会に広く受け入れられる見込みはない。日本外交にとっては、使用頻度を抑える方が望ましい。
第二に、米国の同盟国として振る舞わなければならないという配慮が、現実分析を曇らせていないかについての厳しい自己点検が必要である。ハメネイ師の暗殺という刹那的な戦術レベルの成功と、イランの体制転換の可能性、さらには中東におけるイスラエル中心の安定秩序の構築といった長期的戦略の問題は、全く異なる次元にある。今回の軍事行動には長期的な戦略的見通しが乏しく、目標設定も不明確である。
日本に関して言えば、選挙で左派に勝ったといった内向きの政治的対立に熱中していると、国際情勢の大局を見失う危険がある。
第三に、日本の国益計算を怠ってはならない。選挙で勝ちたいという感情、反中・反ロ感情、対米依存の心理に流され、日本の国力が低下している現実を直視せず、厳密な費用対効果の分析を回避していないか。ウクライナ支援、中国との対立、中東の混乱が日本にもたらす国益を、党派的感情を超えて検証する必要がある。
しかし現状では、学者や評論家までもが感情的で非現実的な主張に傾き、真剣な国益計算の議論がほとんど見られない。このままでは、日本の国力が自然に回復するような都合のよい事態は起こり得ない。
もっとも、このように書きながら、私自身は日本の将来に対して日増しに悲観的になっている。そう考えると、最終的には個人のキャリア形成の問題がいっそう重要になってくるのだろう。
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コメント
>> 今回のアメリカとイスラエルの攻撃は明白な国際法違反であり、もはや議論の余地はない。
この断定には、慎重さが必要だと思います。国際法(とくに国連憲章)は「武力での侵略行為」を原則として禁止しつつも、例外として自衛権などを認めています。つまり現実には、各国は「自国をどう守るか」という問題から逃れられません。ここが議論を難しくしているポイントです。
それの善悪は一旦脇に置き、国際政治の冷徹な現実から出発しましょう。
国家という存在は、自国内での暴力装置を独占することで秩序を維持しますが、主権国家間はそれぞれが軍事力を保持しています。そのため、国家は自衛のために何らかの対抗手段を講じざるを得ないという現実があります。特にイランを巡る情勢を振り返ると、直接的な軍事行動と、いわゆる「代理勢力(プロキシ)」を通じた間接的な攻撃が長年にわたり繰り返されてきました。
## ■イランが「直接」行った主な行為
* **1979年11月〜1981年1月**
在テヘラン米大使館占拠
→ 米国人66人を拘束、そのうち52人を約444日間人質として拘束。
* **2020年1月**
革命防衛隊(IRGC)が、イラク国内の米軍関連拠点に弾道ミサイル攻撃。
* **2024年4月**
イスラエル向けに、イランが多数のドローン・ミサイルによる**大規模な直接攻撃**を実施(「イラン本土からの本格的な直接攻撃」として報じられたケース)。
* **2024年9月**
IRGC関係者3名が、米大統領選に影響を与えることを目的とした
いわゆる「ハック&リーク」型サイバー作戦で米司法省に起訴。
* **2025年6月**
カタールのアル・ウデイド米空軍基地方面に向けてイランがミサイルを発射(事前通告・迎撃なども含め、報復シグナルとしての性格が強い攻撃)。
* **2026年1月(イラン国内)**
大規模な反政府デモに対し、イラン当局が実弾を含む強硬な鎮圧を実施。
当局者の発言ベースで「約2,000人」規模の死者が出たと報じられた時期もあるなど、
対内的にも「政治的暴力」を大規模に行使している。
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## ■「代理勢力(プロキシ)」を通じた主な行為
* **1983年4月**
レバノン・ベイルートの在米大使館爆破事件(63人死亡、米国人17人)。
イランと結びつきの強い勢力による犯行とされる。
* **1983年10月**
ベイルートの米海兵隊兵舎などを標的とした爆破事件(米軍241人死亡)。
こちらもヒズボラ系勢力による攻撃として位置づけられている。
* **1980年代以降〜現在まで(レバノンなど)**
ヒズボラをはじめとする「親イラン武装勢力」に対して、
資金・武器・訓練・ミサイル技術などを継続的に提供。
* **1994年7月**
アルゼンチン・ブエノスアイレスのAMIAユダヤ人センター爆破(85人死亡)。
「実行はヒズボラ、背後の支援としてイラン」という構図が司法判断等で示されている。
* **2023年10月以降(イラク・シリアなど)**
親イラン武装勢力による米軍基地等へのロケット弾・ドローン攻撃が多発。
米国防総省の説明でも「数百回規模」の攻撃が報告されている期間。
* **2023年11月以降(紅海・イエメン周辺)**
フーシ派が商船や艦艇に対してミサイル・ドローン攻撃を繰り返し、
その背後でIRGCやヒズボラ指揮官による支援・指導が行われていると報じられている。
代理勢力に武器・資金・訓練を与え、その代理勢力が実際に人を殺し、基地や船を攻撃しているという構図を俯瞰して見ると、「もうこれは実質的な戦争状態とみなす見方も成り立つ」と感じる側面もあります。ここで強調しておきたいのは、これは戦争を賛美する意図は全くなく、あくまで「一つのものの見方」として、代理勢力の行動をどう位置づけるかという視点が存在するだけです。現代の国際紛争が「主犯(イラン)+実行犯(代理勢力)」という構造をとることで、従来の「国境線での軍隊同士の衝突」といった古典的な定義をすり抜けている(斬首作戦、代理勢力の戦争)現状をどう解釈するか、どうやって国を守るかという問題提起です。
この「代理勢力による攻撃も、国際法上・安全保障上は『イラン自身による武力行使の延長』として扱うべきなのか否か」。国際情勢を正しく理解するための避けては通れない「ひとつの視点」であると言えます。