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米国とイランの戦争終結合意を目指す協議が21日からスイスで始まった。ところが19日に、疾うの昔に破綻している15年のイラン核合意:「包括的共同行動計画(JCPOA)」(オバマ合意)を主導したオバマ元大統領が次のように発言した。どこかの前総理じゃあるまいし、黙っていればよいものを。
我々は(今回の)戦争に何十億ドルもの資金を費やし、軍に多大な負担をかけ、多くの人々が命を落とした。そして今、戦争を始める前の状態に戻ってしまったかのようだ。いや、もしかしたら少し状況が悪化しているかもしれない。・・停戦が実現したことを大変嬉しく思うし、この停戦が維持されることを願っている。・・しかし、この戦争の本来の根拠は、イランが核兵器を開発しないという合意があったことだった。現政権あるいは前政権がその合意から離脱したことで、イランは核兵器開発能力を更に高めることになった。
民主党上院のチャック・シューマー院内総務も、米国は「戦争が始まる前よりも状況が悪化している」とし、この合意を降伏だと非難した。だがシューマー氏は、拙稿「『イラン核合意』とは何だったのか」で記したように、15年9月に上院議場で行った演説でオバマ合意をこう批判していた。イランの核保有を認めるつもりか。
私は合意を、イランに対する当初10年間の核制限、10年後以降の核制限、そして同合意の非核的な要素と影響に分けて検討したが、どれも理想と違った。当初の10年間の弱点は、査察を随意に行えず、米国が望む通り査察を要求できないことだ。10年後以降、合意がイランの核開発をどの程度制限するのかの評価も必要だ。イランは忍耐強く待って、10年後以降に目標達成に近づく可能性がある。制裁解除で財政的により強くなるからだ。
果たしてイランは、オバマ合意の下で核開発を進展させていた。90年代にIAEA査察官をしていた核兵器専門家で、自ら創設した科学国際安全保障研究所(ISIS)の所長であるデイビッド・オルブライトも、24年11月の「Arms Control Poseur」のポッドキャストで以下のように述べ、それを裏付けた。
- イランは今や15年の核合意以前のものより格段優れたウラン濃縮用の先進遠心分離機を数千台設置し、ウランの濃縮度を高めている。
- 彼らは3~5%の原子炉用の低濃縮ウランではなく20%まで濃縮を続け、今では60%まで濃縮している。これは民生用のプログラムではない。
- 60%の濃縮ウランの存在は、90%の核兵器級ウランにほぼ到達したことを意味し、今イランは、それを実行できる寸前まで来ている。
- 兵器級ウランを製造したいと思えば、1週間以内に可能であり、1ヵ月あれば大量の兵器級ウランが製造できる。
斯くイランはオバマ合意の下でもウラン濃縮を続けてきたのだが、オバマのいうように米国が18年に「合意から離脱したことで、イランは核兵器開発能力を更に高めることになった」のだろうか。筆者はそうは思わない。理由の一つには、米国が離脱した後もオバマ合意が昨年秋まで維持されていたことがある。
オバマ合意は「5P+1」あるいは「3E+3」と称されるように、欧州の英仏独と米ソ中の計6ヵ国(独以外の5Pとは安保理常任理事国)がイランと結んだ合意である。それは18年5月に米国が離脱した後も「3E+2」とイランの間で存続し、25年10月18日に「採択の日」から10年の節目を迎えた。
この日を以って、オバマ合意(JCPOA)を承認した国連安保理決議第2231号が失効し、イランによるJCPOA規定の「重大な不履行」に制裁を復活させる「スナップバックメカニズム」が発動できなくなり、今もオバマ合意は停止状態で、「3E+2」が制裁を科していない状況である。(『アメリカ離脱後のJCPOA 枠組維持に向けた欧州当事国の活動』(清水泰介:京都大学公共政策大学院)。
清水は欧州のNATO主要国と米国との軋轢は米国の合意離脱から始まっていたことを示唆する。「3E」は梯子を外されたと感じ、バイデン政権時にも復帰を画策したが、ウクライナ侵攻やハマスのイスラエルへのテロなどで頓挫した。それもあってトランプの戦争に非協力的だった結果、英領ディエゴガルシアはイランの3000km級弾道弾の標的にされ、スターマーは辞任に追い込まれた。
清水論文によれば、米国は「国防権限法(12年)」と「イラン核合意審査法(INARA:15年)」という2つの国内法と他の大統領令とで、オバマ合意前も以降もイランへの制裁を可能にしていた。斯くて米国は18年5月の離脱後、国内法によって2231号決議に違反することなく、速やかに制裁を再開した。
因みに清水は、そもそもオバマ合意には離脱に関する規定がないので、JCPOA合同委員会に参加をしないという形で「離脱」したということになっていると記している。
こうして見ると、「離脱」によって「イランは核兵器開発能力を更に高めることになった」とのオバマ発言の的外れぶりが知れる。むしろ「離脱」した米国による制裁復活がなければ、今頃はイランのみならずヒズボラ・ハマス・フーシ派などの代理勢力すら核武装していた可能性が高いのではなかろうか。
前述のデイビッド・オルブライト発言が24年11月で、オバマ合意の「スナップバックメカニズム」終了が25年10月だったことも意味深い。米軍がイラン核施設を地下に封じ込めた「Midnight Hummer」作戦敢行が25年6月だったからだ。10月が来る前にバンカーバスターで空爆したのである。
オバマとトランプによる2つの合意の決定的な相違点は、イランというテロ国家と「時間をかけて話し合うべきだ」とするオバマと、「Peace Through Strength」が信条のトランプとの違いであろう。言い換えれば「無傷の革命防衛隊の下での交渉」と「制空権も制海権も喪失したイランとの交渉」の違いである。
ところがシューマー率いる上院民主党は、イランに対する米軍の行動を阻止する戦争権限決議を主導し、6月23日に可決させた。共和党から4人が賛成に回りし、民主党からはジョン・フェッターマンが反対票を投じた。下院も6月初めに可決したが、法的拘束力のないこの決議が、ヴァンスの交渉力を弱めることはない。
戦争権限決議が可決されようと、またMOUに何と書いてあろうと、トランプは「イランが合意を順守しない場合、あるいは適切に行動しない場合、必要なことは何でもする」と意気軒高だ。斯くてヴァンスは交渉初日が終了したスイスで22日、「イランが核査察官の入国を許可した」と記者団に述べた。
皮肉なことに、シューマーのいう通り「査察」こそがイラン核合意の肝だ。「核の塵」をどこでどう処理するかよりも、核開発の兆候を査察によって見逃さず、見つけたら直ぐに「必要なことは何でもする」ことがイランに核を放棄させる要諦である。ここが抜けたからオバマ合意は失敗した。
トランプのいう「必要なこと」には、イランを「石器時代に戻す」ことも含まれよう。核の放棄は勿論、ホルムズ海峡の北側に数十個撒かれているらしい機雷の除去を30日以内にイランが行わない場合にも「必要なこと」が行われる。これで今も数十隻が通っている海峡が更に安全になるだろう。
ヴァンスの党内ライバルであるルビオ国務長官は24日、交渉への理解を求めにUAE、クウェート、バーレーンに入った。米国内では、戦争を機に民主党は勿論、共和党の中にも反イスラエル感情が広がりつつある一方で、湾岸諸国にはイスラエルとの連帯意識が強まっているようだ。
争い事では、関係者全員が満足する解は見つけ難い。が、少なくともイスラエルに対するハマスの10.7テロや本年初めに起きた数万のテヘラン市民虐殺のことを念頭に置いておけば、イスラエルとイランの無辜の人々への憎悪は薄らぐのではなかろうか。
同様に、ベネズエラでの作戦を見ても、イラン攻撃の目標を軍事資産に絞っているのを見ても、筆者にはトランプがプーチンのようにイランのインフラ破壊を大々的にやると想像できない。が、彼のレトリックはそれを感じさせない。イランは内心「石器時代」に戻らずに済む途は広くない、と思っているはずだ。







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