武内進一教授は、私の東京外国語大学での先輩同僚にあたる。それだけではなく、長くお付き合いをさせていただいている。私が若い頃、まだ広島大学に在籍していたときには、武内教授が在籍していたアジア経済研究所の研究グループに何度かお招きいただき、貴重なアフリカ研究者の方々との議論の機会をいただいた。共同研究の成果として論文を執筆する機会もいただいた。大変に貴重な経験であった。そのため、今でも、私の武内教授に対する恩義の気持ちは深い。もちろんそれは武内教授が、尊敬すべき第一級の研究者であるためでもある。
その武内教授が、新進気鋭のアフリカ研究者を集めた研究グループを組織し、議論を重ねてから編者となって公刊したのが、3月に公刊された『アフリカの国家建設―自分たちの国をつくる』である。
密度の高い編者による「はしがき」及び「序章」から始まる本書は、優れたアフリカ研究者の切磋琢磨の結晶として、全編を通じて知的緊張感がみなぎっている。。10章にわたる多様な執筆者による論文は、編者によって「領域統治」「社会契約」「国際関係」の3つの問題領域に分けられたうえで、「アフリカの国家建設」という共通の問題を、それぞれの視点から分析していく。
各章が焦点を当てる国や地域は異なっている。だがそれだけではない。各章が採用する視点や、扱う問題領域も異なっている。領域統治の不均質性、制度基盤の財政的脆弱性、首長制と政治、牧畜民と土地問題、イスラーム主義、抗議運動と正当性、食糧安全保障、崩壊国家、外向の論理、難民問題と、各章が独自の問題提起の視点を持っている。単純に各国を紹介する本ではなく、各章が独自の問題設定と分析視点によって「国家建設」という共通テーマに迫っている。
ところがそれでいて、本書全体として、一つの大きな流れを形成している。つまり「アフリカの国家建設」を改めて問い直す、という大きな視点だ。多様性と一貫性が、一つの美しい結晶体を形づくっている。
武内教授の長年アジア経済研究所で多様な研究会を主宰・運営してきた経験が、このような編著の構成力にも生かされているのではないか。複数の研究者を集めたうえで、多様性と一貫性の双方を同時に表現する研究成果を生み出していく手法が、卓越している。
多様性は、集められた研究者各人の独自性と能力水準に支えられている。他方、一貫性は、編者の強く、そして明晰な、編者の強く明晰な問題意識に支えられている。
「序章」において武内教授が描写するアフリカの「国家」の歴史は、ややもすると辺境の地とみなされがちなアフリカにこそ、国際社会の歴史の激流が凝縮されていることを、痛感させる密度の濃いものだ。
かつて20世紀前半まで、世界は、欧州列強の帝国主義に支配されていた。奴隷貿易の悲惨な歴史をへて、最も苛烈な植民地支配に服していたアフリカは、ある意味で、かつての国際社会の矛盾を、最も劇的に体現していた地であった。したがって20世紀後半の脱植民地化のプロセスは、アフリカにおいて、そして現代にまでつらなる国際社会にとって、決定的に大きな意味を持つものであった。
ただし、その結果は、簡単に総括できるものではない。大陸全域で急速な脱植民地化が進められたアフリカでは、脆弱かつ歪な国家が、多々生まれた。ネオ・パトリモニアル国家(新家産制国家)の現象や、構造調整政策の歪が、各地で目撃された。
冷戦終焉後の時代において、アフリカは時代の急変の激流を、最も劇的に経験した場所の一つだった。多数の諸国が武力紛争の悲惨な状況に陥っていった。あるいは長期独裁政権へと走っていった国もある。
21世紀初頭に、アフリカは、中国の劇的な経済成長の恩恵をよりよく享受した地域となり、飛躍的な経済成長を見せた。ただし近年では、人口増加による成長を続けながら、豊かさは獲得しきれない経済的な停滞にあえぎつつ、さらに複合的な問題群に苦しんでいる。
「『他者』が創った国家の原型を引き継いだこの間の国家建設を観察すれば、六五年間の変化は巨大である」(31頁)。
こうした経緯を、引き締まった文章で描写していく武内教授の「序章」は、側面から見た国際社会の歴史像そのものだ。アフリカを見ることによってこそ、国際社会全体の歴史を見ることができる、という実感を得る。
それをふまえると、武内教授執筆の「終章」及び「あとがき」は、深い人間的な思いに満ちている。「終章」において、武内教授は、次のように述べる。
「アフリカの不透明な経済制度や権威主義体制を擁護したいわけではない。私たちは、そうした現状を単に経済や政治の制度構築の失敗ととらえるよりも、アフリカの人びとがどのような国家のありかたを選択したのか、選択の背景にいかなる歴史的あるいは国際政治経済上の制約があったのかを、まず理解したい。」(304頁)
「さまざまな制約のなかで人びとが創り上げてきたアフリカの国家は、依然として多くの課題を抱えている。・・・しかし、国家は人びとに悪を成すために創られたのではない。国家は人びとを保護するために創られた制度である。・・・アフリカのように人びとが厳しい暮らしを強いられているところこそ、まっとうな国家が必要である。アフリカの国家建設は、そのような方向への長期的な変容のプロセスなのだと信じる。」(316頁)
このように「終章」を結んだ武内教授は、さらに「あとがき」を次のような文章で始める。
「ずいぶん長いあいだ、アフリカの国家について考えてきたような気がする。」(323頁)
「アフリカの紛争、土地管理といったテーマを研究したが、根底にはいつも国家に対する関心があった。しかし、研究テーマとして国家を正面から取り上げることはなかった。あまりに重いテーマで、気が引けたのである。少年老い易く学成り難し。気がつけば、自分の研究者人生も終盤に入った。そこで、蛮勇をふるって、関心を同じくするアフリカ研究者にお声がけし、アフリカ国家について考える研究プロジェクトを組織することにした。」(324頁)
ちなみに、私自身も研究者として歩みを重ねてきた。これまで単著として、日本語で15冊、英語で3冊を公刊した。中国語、韓国語、台湾語に翻訳してもらったものもある。編集した邦語・英語の書籍も多々あり、邦語・英語論文は百数十件、一般向けに書いた文章は数百件ある。それでも書き足りない。研究し足りない。自分の研究者人生の終わりがもう見えてきていることに、焦りも感じている。
「少年老い易く学成り難し」。今までの人生で、何度も見た言葉だ。しかし、武内教授のように真摯な研究生活を送ってこられた先人から、この言葉が発せられているのを見ると、身が引き締まる。
研究者冥利に尽きる、と研究者が感じるのは、優れた本に出会った時である。ああ、自分も、こんな本を書く研究者になりたい。そう強く感じて、生きていく。それが研究者というものだ。
本書は、そのような気持ちを素直に呼び起こしてくれる、澄み切った知性と品格を備えた一冊である。

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