玉城氏優勢から古謝氏の大勝へ
沖縄県知事選挙は、自民・維新・国民民主・参政・日本新党・公明(県連のみ)の6党から推薦を受けた新人の古謝玄太氏が、3期目を目指した現職の玉城デニー氏らを抑えて当選した。

古謝玄太氏Fbより
午後8時の投票終了とともに、NHKをはじめ各マスコミがゼロ打ちの当確を出し、事務所で整列して待ち構えていた古謝候補らが万歳するという異例の展開だった。出口調査では20%以上の差だった(開票結果ではだいたい古謝60%、玉城38%、その他候補2%)。
7月の段階では玉城氏が世論調査で10%以上の差を付けており、しかも、7月13日には下地幹郎元衆議院議員が第3の候補として立候補を表明したので、玉城3選かと言われた時期もある。しかし、8月13日に公明党県連が古謝推薦を決めたこともあり、お盆の頃には数パーセントまで差が詰まった。8月25日に下地氏は古謝陣営と政策協定を結び、立候補を取りやめたが、8月27日の告示の段階ではまだ横一線だった。しかし、選挙戦が始まるや、古謝氏がリードし始め、その後、急速に差は広がっていった。
もともと沖縄では、革新側が基地問題を主テーマに戦い、保守側が経済問題で対抗する図式が続いた。とくに、1998年の選挙では、稲嶺恵一氏が失業率7.4%を強調して大田昌秀知事を破った。ただ、沖縄は観光が堅調で、新型コロナ禍が終わったのち、経済がそれほど悪いわけではなかった。
ただ、これまで3選された知事は西銘順治氏だけで、県民になんとなく知事は2期くらいという相場観があったのも事実である。
基地問題を争点にしないために何をしたか
この選挙戦の最大功労者は、個人としては西村康稔選挙対策委員長であろう。西村氏の、足が地に着き、長い期間をかけて綿密に準備する手法は、自分自身の選挙で前々回の逆風でも、公明党や地元の明石市長(泉房穂前市長の後継者なので本来は反対陣営)の推薦を取り付けて楽勝したことでも定評がある。

西村康稔氏 首相官邸HPより
この沖縄に先立つ新潟県知事選挙でも、アキレス腱となりかねない原発再稼働問題が焦点にならないように細心の注意を払うなど、勇ましい発言をしかねない応援は断ったといわれた。
今回も東京からの応援は大物も来たが、街頭よりも企業・団体回りなどで地道に動かし、また、そうした方針を理解して高市首相も応援に来なかった。

高石早苗首相 首相官邸HPより
こうした慎重さは、公明党の立場にも配慮したものだったことはいうまでもない。公明党にとって沖縄は特別の場所である。池田大作第3代会長の著書で、創価学会員にとって新約聖書的な存在である『人間革命』は沖縄で書き始められたことに象徴されるように、沖縄を再び戦場にしないというテーマは支持者にとって絶対不可侵であるし、普天間基地の辺野古移転にも地元は慎重だった。
その一方、オール沖縄路線とは一線を画し、野党となったからといって玉城支持に回ることにも違和感がある微妙な状況だったが、西村氏らのきめ細かい配慮の結果として、出口調査で75%を超える公明党支持者が古謝氏に投票したことは驚異的である。仮に公明党支持者(昨年の参議院議員選挙比例では10.6%)の投票割合が逆であれば、5.3%差も縮小するから、地滑り的な大勝にはならなかっただろう。
政党別の投票率を出口調査で見ると、古謝氏は自民の85%、参政の85%以上、公明の75~80%、維新の65%、国民の60%を取り、立憲支持層でも15%程度の支持を集めたが、連立を組んでいる維新の支持者の3人に1人が玉城氏に投票したことは、連立を組んで党が推薦を出しても支持者の投票にほとんど影響を及ぼしていないことを意味するし、国民民主党も党の推薦はほとんど意味をなしていない。
辺野古の転覆事故は影響したか
辺野古での転覆事故がどれだけ影響したかといえば、事故そのものより、玉城陣営の対応の悪さがそれなりに影響したようだ。

そもそも、普天間・辺野古について、玉城知事は埋め立てについて知事のすべき行政手続きをサボタージュし、それを取り消されると司法で争うことを繰り返し、妥協点を探ることなどはほとんどしなかった。
沖縄振興事業についても、実質上、自民党議員と政府に事業採択の主導権が移ったような様相だったが、あまり気にも留めなかった。そのあたりが、彼が継承したはずの翁長前知事とは違うところだった(菅義偉官房長官などとそれなりの意思疎通のパイプを維持していた)。
こうした結果、辺野古の埋め立てはどんどん進み、もう阻止するには手遅れになったがゆえに、知事選の争点にはなりにくかった。
そんな状況下では、玉城知事は辺野古移転反対運動をする共産党系などの人たちのデモンストレーションの保護者のようになっていた。工事用トラックの前に飛び出て妨害しようとした運動家を助けようとしたガードマンが犠牲になっても、反対運動側にひたすら立ち続けてガードレールの設置もしなかった。
米国でのロビー活動のために翁長知事がつくったワシントン事務所が、法律を無視した運用だったのが露見しても、目的が正当なら容認されるといわんばかりだった。
今回の転覆事故の現場にもすぐに行かなかったし、事故の責任を問うより、これで平和学習全般にブレーキがかかることを危惧する発言が目立った。
もちろん、沖縄では本土におけるほど、抗議船側の責任を問う声が強かったわけではない。沖縄ではスーツとネクタイで起立して一斉に頭を下げる謝罪記者会見の作法はないから、あの団体のぶっきらぼうな態度は沖縄ではありがちなのである。ただ、これを機会に抗議運動グループの悪行の数々が暴露されたことは、かなりのダメージとなったし、少なくとも基地問題を焦点にすることにブレーキをかけた。
逆に、古謝陣営がこれを選挙の中心テーマにしようなどとしなかったのは賢明だった。本土の政治家などが平和学習を否定するようなことを街頭で叫んでいたら、かなりまずかっただろう。
歴史問題について、いつまでも被害者だとばかりいうべきではないと参政党が堂々と訴えたのが、古謝陣営にダメージを与えることが心配されたが、それほどでもなかった。なぜかといえば、自民党がそういうことをいうと、戦中や戦後の沖縄の苦難の原因をつくった日本の政治の保守勢力が、どの面下げていうのかといわれるのだが、参政党は過去と関係ない人たちだから、相対的には許されるのである。
勝ちに驕ると沖縄独立運動などに走る人が出てくる
今回の選挙では、SNSによる誹謗合戦がすさまじかった。玉城陣営だけでなく、沖縄のテレビや新聞などは、選挙を歪めたとして敗戦の弁でも不満たらたらだった。沖縄では琉球新報と沖縄タイムスという2大マスコミ・グループがオールドメディアを支配し、全国マスコミや第3勢力の進出を阻止し、世論をかなり操縦できた。それがSNSの発展で崩れ、さまざまなタブーが破られつつある。
そして、もうひとつは、共産党の弱体化である。これまでの沖縄の選挙では、全国から高齢者などが共産党系の応援に入って威力を発揮したが、驚くほど弱体化した。
こうして今回は、多分に革新陣営&オール沖縄(革新陣営に翁長前知事のグループが合流)の自滅によって、保守サイドが大勝利した。しかし、これで驕ることが心配になる。
すでに、昨日も『もはや台湾や上海より貧しくなった沖縄と沖縄知事選挙』という記事で論じたように、沖縄は1人当たりの所得で台湾や上海よりも3割ほど少なく、沿岸部の先進各省とあまり変わらなくなっている。

これまでは、なんだかんだいっても、日本であればこそ周辺の国々より豊かだから、そこが沖縄の離反を招かない歯止めになっていた。ところが、その長城はすでに落城して意味をなさない。
そんな中で、今回の勝利で調子に乗って、沖縄を危険な目に遭わせるような外交軍事政策をしたら、独立運動だって勢いを得るだろう。
最近、皇位継承問題で、せっかく良い形で旧宮家からの養子の制度などができたのに、少しはしゃぎすぎた結果、これまでは悠仁さまに男子がいないときには女性天皇や女系継承を認めろという議論をしていた人たちが、すでに秋篠宮殿下が法律をわざわざつくって立皇嗣礼まで済んでいるのに、愛子天皇論に走り出しているが、この轍を踏むことを恐れる。
開票速報では解説者が、「『琉球独立党』代表の屋良朝助氏の得票に注目したい」などと発言していた。歴史認識や基地の弊害除去などについての革新派の行き場を失わせるようなことを、本土の心ない政治家や言論人がすると、そうした主張に走りかねないことを危惧している。
そのあたりは、私の新刊『誤解だらけの沖縄と領土問題(増補改定版)』でも取り上げたテーマだが、台湾を守ることが沖縄を守ることなどには絶対にならないことを肝に銘じてほしい。沖縄戦は、台湾を守るために沖縄が犠牲になったのが歴史的事実だ。
参考:年齢層では若い世代ほど古謝だが、60代のおよそ50%はやや玉城優勢、70歳以上の60%あまりが玉城。市町村別では、すべての市町村で古謝が勝利したようだ。普天間基地の地元の宜野湾市および辺野古を含む名護市でも、古謝候補が60%以上の得票をした。
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