
(前回:タクシーが来ない、バスも消える:日本で広がる「移動の空白」)
前回、タクシーが来ない、バスも減るという「移動の空白」を取り上げた。

では、一般ドライバーによるライドシェアで供給を増やせばいいのか。
ここで必ず出てくる反論がある。
「安全」である。
事故、飲酒、健康状態、犯罪、事故時の責任。どれも軽視してはいけない。
だから現在の日本版ライドシェアは、一般ドライバーが自由に営業する制度ではない。国土交通省自身が「タクシー事業者の管理の下」で、自家用車と一般ドライバーを使う制度と説明している。
問題は、その次だ。
安全水準を守ることと、安全管理の主体を既存タクシー会社に限定することは、本当に同じなのだろうか。
タクシー会社は実際に安全管理している
ここは公平に認めたい。
法人タクシーは、点呼、免許確認、アルコールチェック、車両管理、ドラレコ、運転時間管理など、相当な安全管理を行っている。
その水準を下げる必要はない。むしろ、ライドシェアにも要求すればいい。
一方で、「プロだから安全、一般人だから危険」という二分法も粗い。
2024年のタクシー運転手の平均年齢は60.5歳で、全産業平均44.1歳を大きく上回る。安全を論じるなら、一般ドライバーだけでなく、既存タクシーについても年齢、健康状態、事故歴、違反歴、運転時間を同じ物差しで見るべきだ。
「プロだから安全、一般人だから危険」では粗すぎる。
個人タクシーという制度がすでにある
ここで見落とされがちなのが、個人タクシーだ。
個人タクシーは法人タクシー会社の従業員ではない。本人が事業者として許可を受け、自ら営業する。もちろん誰でも始められるわけではなく、運転経験や法令遵守など一定の参入要件が課される。
アルコール検知器の使用義務もあり、国土交通省は個人タクシーも対象としている。
制度上重要なのは、「法人タクシー会社に所属しなくても、有償で旅客を運ぶ個人事業者はすでに存在する」という事実だ。
つまり日本の制度そのものが、「安全管理には法人タクシー会社への所属が絶対必要」としているわけではない。必要なのは、資格と安全管理要件なのである。
普通の会社の営業車では、もうここまで管理できる
さらに現在では、安全管理技術そのものが大きく変わった。これは未来技術の話ではない。
一般企業の社用車向けに、通信型ドラレコ、GPS、アルコールチェックを組み合わせたクラウド管理がすでに市販されている。
例えばNTTドコモビジネスの法人向けサービスでは、速度超過、一時不停止、通行禁止違反の可能性や危険挙動を可視化できる。位置情報、運転診断、アルコールチェック結果もドライバー単位で一元管理できる。
さらにアルコールチェックでは、運転者本人の顔と測定結果を撮影し、本人確認と測定結果を紐づけて証跡として残すこともできる。
つまり普通の会社の営業車でも、「誰が運転したか」「酒気帯びはなかったか」「どこを走ったか」「危険運転をしていないか」まで遠隔から記録できる。
これはすでに存在する技術である。
国交省自身が「対面管理」から離れている
制度側も変わっている。
国土交通省は、事業用自動車の点呼について遠隔点呼や自動点呼を認めている。遠隔点呼では、顔認証などによる本人確認、カメラによる健康状態の確認、アルコール検知結果の確認・記録まで制度化されている。
さらに国交省は、運行管理業務の一元化や次世代運行記録計など、ICTを活用した運行管理の高度化も進めている。
つまり行政自身が、安全管理を「営業所で人間が対面して見るもの」から、「ICTで確認し、記録し、監査するもの」へ変え始めている。
ここまで来ると、問題は「安全管理できるか」ではない。「誰に安全管理をさせる制度にするか」である。
緑ナンバーだから安全なのではない
安全を考えるうえで重要なのは、形式と実質を分けることだ。
緑ナンバーであること。許可事業者の名前が付いていること。それだけで安全管理が自動的に成立するわけではない。
だからこそ道路運送法は名義貸しを禁止している。国土交通相も2025年8月、許可事業者は自己の管理下で事業を遂行しなければならず、他人に自己の名義を利用させれば道路運送法違反になると説明している。
安全の本質はナンバーの色ではない。誰が運転したか、誰が管理したか、飲酒や健康状態をどう確認したか、危険運転をどう検知したか、事故時に誰まで追跡できるか。見るべきなのはこちらだ。
形式ではなく、実質的な管理である。
ライドシェアの方を厳しくしてもいい
私は、ライドシェアの安全規制をなくせと言っているのではない。むしろ新規参入なのだから、厳しくすればいい。
本人確認、免許確認、事故歴・重大違反歴、健康確認、アルコールチェック、車内外ドラレコ、GPS、運転時間制限、十分な保険、SOS機能、重大違反時の即時停止。
必要なら既存タクシー以上の基準を課してもいい。
国交省が検討してきたライドシェア向けの「デジタル安全規制」案にも、eKYC、免許確認、犯罪歴・事故歴、健康診断、遠隔点呼、稼働時間管理、車内外ドラレコ、GPS、SOS、レーティング、アカウント停止などが並ぶ。さらに資料では、実施主体にタクシー会社以外を含む考え方も示されている。
安全基準を下げる必要はない。安全基準を、タクシー会社だけのものにしなければいい。
安全を「禁止理由」から「参入条件」へ
日本版ライドシェアでは、一般ドライバーでもタクシー会社が管理すれば客を運べる。つまり政府自身が、「一般ドライバーだから危険で絶対に駄目」と考えているわけではない。問題は管理方法なのである。
日本には個人タクシーがある。一般企業では、本人確認、アルコール、GPS、危険運転までクラウドで管理できる。国交省自身も遠隔点呼や自動点呼を認め、タクシー会社以外を含むデジタル安全規制まで検討している。
それでもなお、独立したライドシェアだけは「既存タクシー会社の管理下でなければ安全を確保できない」というのであれば、その根拠を説明する必要がある。
安全を守るために市場を閉じるのではない。安全を参入条件にして、市場を開く。
安全水準は維持する。管理主体だけを開く。
2026年の問題は、もはや「安全管理の技術があるか」ではない。誰に安全管理を任せる制度にするのか、そこに移っている。
そして次回は、その問いをさらに一段進めたい。
これだけ安全管理を切り離せるのに、なぜ日本のライドシェアは既存タクシー会社中心の仕組みに固定されているのか。
次回では、その構造を「利権」という言葉を避けずに論じる。
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