新代表に就任した岡本三成氏
岡本三成氏が公明党の新代表になった。公明党の代表は、新進党の設立と解党のあとに限定すると、神崎武法(1943年生まれ)、太田昭広(1945年生まれ)、山口那津男(1952年生まれ)のあと、石井啓一(1958年生まれ)、斉藤鉄夫(1952年生まれ)、中道結党後の竹谷とし子(1969年生まれ)が短期で交代を繰り返していたので、1965年生まれで61歳の岡本氏がこの世代のエースとして登場したのは、妥当なところだ。

公明党第18回全国大会で演説する岡本三成代表
創価大学経営学部(在学中に英国短期留学)→シティバンク→ノースウェスタン大学でMBA→ゴールドマン・サックス(トランプの会社担当、執行役員)という輝かしい経歴で、NY同時テロ事件を機に政界入りして当選6回である。
この岡本氏については、佐賀県生まれだが、生まれたときは日本国籍ではなく、帰化して日本国籍を取得したことが広く噂され、本人も隠していなかった。ただ、積極的に開示していなかったので、中国からの帰化であるという噂が執拗に流されていた。
本当は韓国であることはそんな秘密でもなく、私も知っていたが、中国であろうが韓国であろうが、代表になればあることないことで攻撃されるだろうし、正確な情報を公開してほしいと思っていた。それだけに、このほど本人が動画でのインタビューに答えて公開したのは、内容も含めて良かったと思う。
本人が明らかにした帰化の経緯
本人の説明によると、以下のとおり。
- 現在は日本国籍を持つ日本人である
岡本氏は質問に対して、まず「日本国籍を持っている日本人です」と明言した。 - 1965年、佐賀県で「在日韓国人三世」として生まれた。祖父母が韓国から日本へ移住してきており、自分はその三世にあたる。
- 祖父母は岡本氏が生まれた時点ではすでに亡くなっていたし、両親は韓国語を話さず、自分も韓国語を話せない。
- 生活・教育・言語とも日本社会の中で育ち、佐賀県で公立小・中・高校に通い、創価大学へ進学した。
- 「大学を卒業するタイミング(1989年)」で「自分は日本で生まれ育ち、日本人としての感覚を持ち、日本社会の中でこれからも生きていく」という判断で日本国籍を取得した。
- 初めて韓国へ行ったのは30代後半、ゴールドマン・サックス勤務時代の出張であり、その後を含めても韓国訪問は人生で4回程度。
従来から、1992年1月24日付官報で「平成4年1月24日 左記の者の申請に係る日本国に帰化の件は、これを許可する。陳三成(岡本三成)昭和40年5月5日生」という記載があることはよく知られており、住所は東京都中野区本町4丁目23番15号とある。
中国系であるという噂は、「陳」という韓国より中国で多い姓であることから出たのではないかと考えられる。また、学校時代の同級生の証言では、もっぱら通名である「岡本」を名乗っていたという。
1989年の大学卒業時に帰化を決意しながら、実現したのは1992年1月24日というのは時間がかかりすぎだという人もいるが、役所とか行政書士に最初の相談をしてから1年半というのが目安というから、親などの説得などに時間を要したことも考えられるので、卒業後2年10か月というのは妥当な範囲だ。
帰化歴の公表を制度としてどう考えるか
いずれにせよ、この代表就任という段階で自ら説明を行ったのは、よき前例になることを期待したい。
海外でも外国にルーツがある場合に、自分の2つ以上の祖国への気持ちについて語ったり、質問を受けたりすることは普通のことだ。そもそも、国内でも他府県・他市町村出身者は、同じように選挙区への郷土愛を厳しく問われている。その試練を受けた上で、場合によっては、国際性をプラスの材料に変えて公職についていることも多い。
もちろん、岡本氏が隠していなかったとしても、みずから公表すべきだったという議論もあるだろう。ただ、そのことが法的な義務でないなかでは、ほかの帰化・国籍選択・二重国籍の政治家への影響やバランスを考えてやりにくいのは事実であるから、法律で公表義務の範囲を決めることが望ましい。
そもそも、欧米でも先祖がどこから来て、いつ、国籍を取得したとか、どことのあいだの二重国籍かなどと言うことは、個人の秘密でも何でもないし、隠すのはおかしいと思う。
とくに、政治家や重要な公職については、公表すべきだと思う。被選挙権を合理的な範囲で制限するのも可能である。ただ、全面的な禁止は国際常識としては少し厳しすぎて、国籍の取得や二重国籍の解消から、立候補までに一定の期間を要求するとか、選挙公報に明記するとかが合理的だろう。
二重国籍者については、そもそも二重国籍は法律的に許されてないのだから、他国での参政権の行使と両立させないとか、当選後、一定期間内の二重国籍状態の解消などを要求することは立法政策の問題だ。
帰化・二重国籍の政治家と今後の課題
ちなみに、どのくらい帰化・国籍選択・二重国籍の政治家がいるかだが、それほど多い訳ではない。しばしば、政治家は韓国・朝鮮系が多いとかいう人がいるが、昭和14年のいわゆる創氏改名以前については、半島系の人が日本名を名乗ることは難しかったので、戦前に親や祖父や曾祖父が日本名を名乗っていた場合は、嘘ということになる。
母系であるとか、戸籍が事実を反映してないとかいうところまで含めたら、少し数は増えるだろうが、日本の政治に悪影響を与えるほどの数ではあり得ない。
ただ、欧米などでの実態としても、移民が増えてくると、民族別の政治行動が生じて、外交政策にまで影響を及ぼすこともある。たとえば、フランスでもアルメニア、レバノン、イスラエル、ウクライナといったあたりは、外交を歪めていることもある。将来については留意すると良いとは思う。
【参考図書】
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