歴代大河ドラマで信長・秀吉・家康・秀長は誰がよかったか

信長・秀吉・家康の人気は、ここ半世紀あまり、NHK大河ドラマに影響されるところが大きい。そこで、大河ドラマが三英傑やその周辺の人々をどのように演じてきたかを俯瞰し、そのなかで今回の『豊臣兄弟!』はどうだったかを、新刊『地図と閨閥で読み解く戦国地政学 織田・豊臣・徳川の盛衰』(さくら舎)で論じているので、その一端を紹介する。

信長・秀吉・家康を演じた名優たち

戦国を扱った最初は、1965年の大河ドラマ第3弾(第1回は井伊直弼が主人公で、第2回は忠臣蔵)の『太閤記』で、緒形拳が主人公、信長は高橋幸治、家康は尾上松蔵(歌舞伎役者)だった。高橋は短気で甲高い声のはずの信長を、静かな威厳と力強いバリトンで演じ、助命嘆願が殺到した。その後、いかにも英雄らしい高橋英樹、頼りになるボス的な渡哲也の信長が人気を集めた。信長は楽観的な合理主義者だが、今回の小栗旬は孤独な心情が好評だった。

大河ドラマ 太閤記 NHKアーカイブスより

家康は津川雅彦が、隙がなく堂々として愛嬌もあって説得力があった。滝田栄は真面目で誠実な良い人。大河以外では、北大路欣也が大社長さんタイプではまり役だった。

秀吉役は、戦前では嵐寛寿郎が木下藤吉郎の軽妙さを上手に出して評価された。大河ドラマでは若手劇団員だった緒形拳が、愛嬌がある三枚目だが野心を秘めた秀吉を説得力高く演じた。竹中直人の秀吉は脂ぎった野心家で、アンチ秀吉の人たちのイメージを体現した。映画や民放ドラマでは、中村勘三郎、柴田恭兵、大泉洋などが好評だった。

政治家では、信長は果断な大久保利通、秀吉は要領がいい伊藤博文か桂太郎、家康は待ちの政治の佐藤栄作といったところだろうか。

『豊臣兄弟!』の秀吉と秀長

『豊臣兄弟!』での秀吉は、愛嬌があって頭の回転が速く、人を使うのが上手だが、冷酷といいたいほどドライというキャラが実像に近いし、池松壮亮もよく演じていたが、天下を取るにはカリスマ性が不足で、兄弟のなかで秀長だけが主役に見えた。

豊臣兄弟! NHKより

秀長が江戸時代に関心を持たれなかったのは、家康の天下取りが本格化する時期に死んでいたからだ。戦後になって古文書の発掘が盛んになると、重要性が明らかになった。歴史小説では、司馬遼太郎が『豊臣家の人々』で取り上げ、堺屋太一が『豊臣秀長』で、目立たない存在に徹して兄の天下取りを助けた名補佐役として描いたのを、安倍内閣の菅義偉官房長官が愛読書として挙げて注目された。ちなみに、奈良県御所市が堺屋の父方、司馬の母方のルーツであることも、彼らが取り上げた理由だ。

大河ドラマでは、佐久間良子主演の『おんな太閤記』で中村雅俊が演じて初めて主要な登場人物として位置づけられ、西田敏行の俗物っぽい秀吉を、賢い寧々と弟が善導し支える趣だった。堺屋原作の『秀吉』では、高嶋政伸が補佐役らしかった。『豊臣兄弟!』では、兄に振り回されながらも成長して名副社長になる秀長を、仲野太賀がよく演じていた。

おんな太閤記 NHKアーカイブスより

架空の人物と大胆な人物設定

登場人物で架空に近い人物としては、秀長夫人の慈雲院(智雲院)は実際には織田家中の武士の娘だが、美濃の安藤守就の娘・慶(吉岡里帆)にして、秀長夫妻の実子とみられる与一郎を慶と前夫の子にしていた。与一郎は本能寺の変の年に死んでいるが、山崎の戦いで戦死したわけではない。秀長の許嫁だった直(白石聖)は架空の人物である。一方、秀長の養子になる秀保がなかなか登場しない。

また、秀吉・秀長兄弟に信長と市(宮崎あおい)の兄妹を対峙させたので、信長夫人の帰蝶が出てこなかった。寧々(浜辺美波)も影が薄い一方、秀吉の姉のとも(宮沢エマ)を重視し、明智光秀の謀反の黒幕として織田信澄(信長に殺された弟・信行の子)をもってきたことは、兄弟姉妹をテーマにしたドラマとして良い発想だ。明智光秀、柴田勝家、丹羽長秀、前田利家、滝川一益などの描き方も、それぞれの個性をよく描き分けていた。

最終回で描かれる秀長の死

本稿を書いている時点で最終回までの展開はだいたい見えていて、天下統一と翌年の秀長の死まででだいたい終わるようだ。最終回の結末だけは放送まで不明だが、秀長が生きていたら朝鮮出兵はなかった、というようなオチでないことを願う。

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