
(前回:航空会社はどこまで決済会社になるのか:ANAとJALのロイヤルティ戦略)
ANAはSFC制度を再改定し、年間300万円の決済を「SFC PLUS」の基準とした。SFC PLUSには年間5,000マイルの特典も付く。
前稿では、この制度を「飛ぶ客」だけでなく「払う客」を囲い込む動きとして取り上げた。

では、その決済によって増えるマイルは、本当に額面どおりの価値を持つのだろうか。
ここで気になる数字がある。
355日前、午前9時である。
300万円で37,000マイル
具体的に、三井住友カード発行のANAスーパーフライヤーズ ゴールドカード(VISA/Mastercard)で考えてみよう。
基本還元率を1%として、年間300万円をすべてこのカードで決済し、ポイントをANAマイルへ移行すれば30,000マイル相当になる。
さらにANAゴールドカードは、カード継続時に2,000マイルが付く。
新しいSFC PLUSでは、年間決済額300万円以上なら、これとは別に5,000マイルが付与される。ANAも、従来の継続ボーナスとは別に進呈すると明記している。
30,000マイル(カード決済) + 2,000マイル(カード継続) + 5,000マイル(SFC PLUS) =37,000マイル
さらに、その年にダイヤモンド、プラチナ、ブロンズのプレミアムステータスを保有していれば、対象のSFCゴールドにはカード継続時に2,000マイルの特別ボーナスも付く。
ここまでは利用者にとって悪い話ではない。
生活費などをANAカードへ集約し、SFC PLUSを維持しながら数万マイルを得られる。
問題は、その先だ。
その37,000マイルを、本当に欲しい航空券へ交換できるのだろうか。
355日前でも「売り物」がない
ANA国際線特典航空券は、原則として搭乗日の355日前午前9時から予約できる。
往復旅程の場合は往復同時予約・発券が条件なので、復路搭乗日の355日前から予約可能となる。
しかしANAは同じページで、「特典航空券にてご利用になれる座席には限りがあります」「便によっては予約受付開始日に設定がない場合があります」と明記している。
つまり、「355日前から予約できる」ことと、「355日前なら予約できる」ことは違う。
それどころか、355日前午前9時は“発売時刻”ですらない。予約受付は始まるが、そもそも売り物が並ばないことがある。
実際、ホノルルマラソンへの渡航で3年連続ANAの特典航空券を狙ったSFC会員の体験記では、ある年は355日前午前9時に往復ビジネスクラスを確保できたものの、翌年は午前9時0分0秒に手続きを始めても処理中に席がなくなり、さらに翌年は往路のビジネスクラス自体を予約できなかったという。

もちろん、一利用者の経験であり、全路線を代表するものではない。
それでも、「マイルを持っている」ことと「その価値を実現できる」ことが別問題なのはよく分かる。
10万マイルあっても買えない
私は今年7月にも、マイルを「私設通貨」として考える記事を書いた。

10万円を持っていれば、原則として10万円以下の商品を購入できる。
しかし10万マイル持っていても、希望する日、路線、クラスの特典枠がなければ、その航空券は買えない。
マイルについてはよく、「ビジネスクラスなら1マイル5円」などと説明される。
確かに8万マイルで40万円の航空券を取得できれば、計算上は1マイル5円だ。
だが、それは席を取れた場合の価値にすぎない。
取れなければ、その5円は実現しない。
取れなければSKYコインにすればいい?
ここで反論があるだろう。
特典航空券が取れないなら、マイルをANA SKY コインに交換して有償航空券を買えばいい。
確かにその通りである。
SFC会員やANAゴールドカード会員の場合、40,000マイルを60,000 ANA SKY コインへ交換できる。交換率は1.5倍である。
つまり4万マイル=6万円相当。1マイル1.5円である。
無価値ではない。
しかし、ここでマイルの二つの顔が見えてくる。
仮に4万マイルを1マイル5円で使えれば20万円相当になる。
一方、希望する特典席が取れず、SKYコインへ交換すれば6万円相当だ。
同じ4万マイルなのに、20万円にも6万円にもなる。
違うのは残高ではない。
そのマイルを高い価値で使える商品が、実際に供給されているかどうかである。
高い交換価値を狙えば、商品が手に入らない可能性がある。
確実に使おうとすれば、価値が下がる。
マイルには、高いが実現できるとは限らない「夢の価値」と、低くなる代わりに実現しやすい「逃げ道の価値」が併存している。
ANAは「取れない」、JALは「高い」
この問題はJALと比べると分かりやすい。

JALは基本マイルで席が取れない場合、追加マイルを求める「特典航空券PLUS」で需給を調整する。
つまり「高い」。
一方、ANAでは必要マイル数が安く見えても、そのマイル数で予約できる席そのものが限られる。
つまり「取れない」。
価格を上げるか、供給量を絞るか。手法は違っても、利用者から見れば、どちらもマイルの実質価値を調整する仕組みである。
残高だけ見せて、交換可能性は見せない
ここで、もう一つ問題がある。利用者にはマイル残高は正確に表示されるのに、そのマイルを希望する特典航空券へ交換できる可能性は、ほとんど見えないことだ。
路線別・時期別に特典席がどの程度供給され、予約開始時に何席が開放され、どの程度の利用者が希望便を確保できているのか。こうした情報が分からなければ、利用者は残高だけを見て資産価値を判断するしかない。
少なくとも、マイルを大量に発行し、カード決済まで促すのであれば、特典供給の実態についてもう少し透明性があってよい。これはマイラーの不満というより、企業通貨を運営する側の説明責任の問題である。
マイルは増える。座席は増えない
ここでSFC PLUSに戻ろう。
年間300万円を決済すれば、SFCゴールドなら基本30,000マイル。継続ボーナスとSFC PLUSを加えれば37,000マイルになる。
一方で、そのマイルで買える高価値な特典席が同じ割合で増えるわけではない。
ここにマイレージ制度の核心がある。
航空会社は、マイルを発行する。必要マイル数を決める。特典席の供給量を決める。予約条件も決める。
通貨発行者であり、商品供給者であり、市場運営者でもある。
だから本当に見るべきなのは、「何マイル持っているか」だけではない。
そのマイルで、何を、いつ、どの程度の確率で買えるのか。そして取れなかったとき、どの程度の価値まで妥協しなければならないのか。
300万円使って何万マイル貯まるのか。
それより、その何万マイルで自分が欲しい航空券を本当に取れるのか。
SFC PLUSへの制度改定は、マイレージという身近な仕組みを通じて、「企業が発行するお金」の不思議な性質を考える格好の材料なのである。







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