航空会社はどこまで決済会社になるのか:ANAとJALのロイヤルティ戦略

(前回:飛ぶ客より払う客? ANA「SFC300万円」が変えた上客の定義)

前稿では、ANAのスーパーフライヤーズカード(SFC)が、「よく飛ぶ人」を囲い込む制度から、「よく払う人」を選別する制度へ変わりつつあるのではないかと書いた。

飛ぶ客より払う客? ANA「SFC300万円」が変えた上客の定義
ANAが戻したもの、戻さなかったものANAが2026年9月、スーパーフライヤーズカード(SFC)の制度改定を修正した。4月案では、年間300万円未満の「SFC LITE」はANAラウンジを原則利用できないとしていた。しかし修正版では、国内線...

では、なぜ基準は年間300万円なのか。

もし問題がスターアライアンス・ゴールドに伴うラウンジや優先サービスのコストなら、もっと単純な方法がある。

SFCの年会費を2万円、3万円上げればいい。

ところがANAはそうしなかった。

2028年度から、ANAカード・ANA Payの年間決済額が300万円以上なら「SFC PLUS」、未満なら「SFC LITE」。PLUSはスターアライアンス・ゴールドを維持し、LITEはシルバーになる。

しかも300万円とは、ANA航空券の購入額ではない。公共料金でも、スーパーでも、飲食店でも、日用品でもよい。

ANAが欲しいのは追加会費なのか。それとも、毎年300万円が流れる顧客の財布なのか。

300万円は「航空利用額」ではない

スターアライアンス加盟会社間でラウンジ利用などをどのように精算しているのか、その金額は公表されていない。したがって、SFC会員1人をゴールドとして維持するために、ANAが年間いくら負担しているのかは分からない。

ただ、コスト回収だけが目的なら追加会費という方法がある。それでもANAは、年間300万円の決済を条件にした。

ANAの説明では、判定対象には航空券だけでなく、公共料金、スーパー、飲食、日用品などの日常決済も含まれる。

https://www.ana.co.jp/ja/jp/promotion/sfc/update-2026-revised/

つまりこれは、航空会社にいくら払ったかではない。

日常生活の決済を、どれだけANAカード・ANA Payへ寄せたかを測る数字だ。

会社員が年間100万円、200万円分のANA便を利用していても、航空券を会社や旅行代理店が決済していれば本人の300万円には反映されない。逆に、ANA便には年数回しか乗らなくても、生活費をANAカードへ集中させれば300万円を達成できる。

航空会社への売上と、本人名義のカード決済額は別物である。

前稿ではこれを、「Frequent FlyerからFrequent Payerへ」と表現した。

3万円なら価格改定、300万円なら顧客行動の改変

追加年会費3万円なら、顧客は3万円を払ってサービスを買う。そこで取引は完結する。

しかし年間300万円をANAカード・ANA Payに通してもらえば、顧客との接点は一年中続く。買い物をする。マイルが貯まる。ANA Payを使う。貯まったマイルを意識する。旅行、ホテル、通販など、ANA経済圏の別サービスにも接続できる。他社カードへ流れるはずだった決済も囲い込める。

しかもSFC PLUSを維持したければ、翌年も再び判定される。

ここに2つの制度の決定的な違いがある。

3万円なら「サービスの価格改定」である。
300万円なら「顧客行動の改変」である。

ANAが欲しいのは、一度きりの追加会費より、継続的な決済フローなのではないか。

JALも「決済会社化」している

もっとも、この流れはANAだけではない。

JALには株式会社JALカードがある。株主は日本航空、三菱UFJ銀行、三菱UFJニコス。2024年度の取扱高は4兆3,473億円に達する。

会社概要 - 株式会社JALカード

さらにJALの「Life Status プログラム」では、JAL便への搭乗だけでなく、JALカードやJAL Payなどの利用でもLife Status Point(LSP)が貯まる。

Access Denied

JALカード利用では、ショッピングマイル2,000マイルごとに5LSPが積算される。

Access Denied

つまりJALも、顧客を「どれだけ飛んだか」だけで評価する時代から離れている。

ここでいう「決済会社化」とは、航空会社自身がクレジットカード会社になるという意味ではない。航空以外の決済、マイル、生活サービスを収益と顧客囲い込みの柱にしていくという意味である。

その方向ではANAもJALも同じだ。違うのは、決済をロイヤルティ制度へどう組み込むかである。

JALは積み上げる。ANAは毎年判定する

JALのLife Status Pointは生涯実績として積み上がる。搭乗、JALカード、JAL Payなどを長期的に利用するほど、過去の実績が蓄積される。一定条件に達すれば、JALグローバルクラブ(JGC)への入会資格にもつながる。

いわば、「これまでJALとどれだけ付き合ってきたか」を見る仕組みである。

一方、ANAの新SFCでは、一度プラチナまで飛んでSFCを取得した人でも、原則として毎年300万円の決済額でPLUSかLITEかを判定される。

私はこの違いを、JALの「ストック型ロイヤルティ」に対し、ANAは「フロー型ロイヤルティ」へ傾いていると見ている。

もちろん完全な二分ではない。ANAにも100万ANAライフタイムマイル到達者なら、年間300万円未満でもSFC PLUSとする仕組みがある。つまりANA自身も、生涯搭乗実績という「ストック」の価値を認めている。

だからこそ、100万マイル未満の既存SFC会員にはなぜ毎年300万円なのか、という疑問が残る。

カード会社の持ち方も違う

JALには株式会社JALカードという事業会社がある。一方、ANAカードはJCB、三井住友カード、アメリカン・エキスプレスなどとの提携カードである。

この違いが今回の制度変更にどこまで影響したかは分からない。「ANAは自前のカード会社を持っていないから300万円条件を設けた」と断定する材料はない。

ただ、ANAがSFCという強力な航空ロイヤルティ資産を、決済拡大のインセンティブとして利用している構造は見える。JALも生活・決済経済圏を広げている。しかし、その方法は同じではない。

Gold削減と決済拡大

前稿では、ANAが9月の制度修正で自社ラウンジ利用を一部復活させながら、SFC LITEのスターアライアンス・ゴールドだけは戻さなかったことを指摘した。

ここからは2つの可能性が考えられる。決済を増やすためにGoldを報酬にしたのか。それとも、SFC由来のGold資格者を絞る必要があり、その選別基準に300万円決済を使ったのか。

スターアライアンス加盟会社から見直しを求められたのか、ラウンジなどの相互負担がどの程度問題だったのかは公表されていない。だから断定はできない。

ただし経営上は、Gold資格者を絞りながら、残りたい会員から年間300万円の決済を獲得するという2つの効果が同時に得られる。

そこでこぼれ落ちるのが、会社決済でANA便を大量利用する出張族や、毎年50,000PPには届かなくてもANAを継続利用する「準プラチナ」である。かつてSFCが囲い込もうとしていたはずの顧客だ。

航空会社はどこまで決済会社になるのか

航空会社がカードやマイルで稼ぐこと自体がおかしいわけではない。航空需要は景気、感染症、災害、国際情勢に左右される。非航空収益を育てることには合理性がある。ANAもJALも、その方向へ進んでいる。

問題は、航空利用者との長期的な信頼関係を、決済拡大のためにどう使うかだ。

SFC会員は最初から「年間300万円使えばスターアライアンス・ゴールドを与える」と言われて集められた人たちではない。一度は大量にANAへ乗り、プラチナに到達した人たちである。そこへ後から別の物差しを持ち込む。

企業には制度を変える自由がある。同時に、顧客にも航空会社を選び直す自由がある。

ANAは、航空利用よりも決済を重視する新しいロイヤルティ戦略によって、顧客との関係をより強固にできるのか。

それとも、「この会社を選び続ければ報われる」という信頼を少しずつ失っていくのか。

果たしてANAは、これからも顧客に選ばれ続けるのか。

答えはANA自身ではなく、利用者が出す。

いずれ明らかになるだろう。

コメント投稿をご希望の方は、投稿者登録フォームより登録ください。

コメント