世界経済の「リオリエント」 - 『ドル漂流』

池田 信夫

★★★★☆(評者)池田信夫

ドル漂流ドル漂流
著者:榊原 英資
販売元:朝日新聞出版
発売日:2010-05-20
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菅新首相は就任記者会見で小泉改革を「デフレ下でのデフレ政策」と批判し、財政出動によるデフレ脱却を主張したが、彼がデフレとは何かを理解しているのかどうかは疑わしい。著者もいうように物価下落をすべて「デフレ」と表現することには問題があり、最近の世界経済に起きているdisinflationの最大の原因は、新興国の台頭による相対価格の変化である。

財政・金融政策によってマクロ経済をコントロールするケインズ政策は、主権国家の自律性が高かった20世紀の考え方で、グローバル化が進んだ21世紀には有効性を失った。ユニクロに典型的にみられるように、日本企業とアジアの生産現場が統合されているので、国内で通貨供給を増やしても中国で生産されるジーンズの価格は変わらない。価格の下落を止めるには、「鎖国」によって経済統合を止めるしかない。

このような現象は、歴史的にみるとさほど奇異ではない。西欧文化圏が世界の中心になったのは、たかだかここ200年ぐらいのことで、歴史の大部分ではアジアが先進国だった。たとえば1820年には、中国とインドで世界のGDPの55%を占めていた。西欧のGDPが中国を上回ったのは1870年以降である。したがって中国やインドは「新興国」ではなく、いま起こっているのは東洋にふたたび経済の中心が戻る、フランクのいう『リオリエント』と考えたほうがいい。

これによってドル中心の世界経済も「無極化」し、地域ごとにユーロとアジア通貨の併存する体制が続くだろうと著者は予想する。巨大な債務を負っているアメリカは2008年の金融危機以降、世界経済のエンジンとしての地位を失い、過剰資金がアジアに環流して、またバブルや経済危機を引き起こすリスクも大きい。こうした中でますます内向きになる日本は国際的な地位を失い、経済も収縮し、マイナーな国家になるだろう。新政権には、そういう自覚も対応策もあるようには見えない。

コメント

  1. disequilibrium より:

    デフレ脱却は、米軍基地県外移設以上に無理な目標なのですが、あまり固執しすぎて、土地、資源、食料、エネルギー、教育費、医療費、通信費など、単に生活が苦しくなるだけの物価上昇が引き起こされないことを祈ります。
    物価といっても色々あるようですから、あくまでも、コアコアコアCPIくらいを目標にやってほしいところです。
    悪いデフレで賃金も雇用も減った上に、悪いインフレで生活費まで上がったら最悪ですよ。