きのうの日経新聞でも、福田慎一氏が「アゴラ」の先週の記事とほとんど同じ総括をしていて、経済学者の意見にはそれほど大きな違いはないようです。先週、クルーグマンも私が以前、ブログ記事で紹介したのとまったく同じ次の図を出して「デフレの罠に入ると量的緩和もきかない」と解説しています。
したがって多くの専門家のコンセンサスは
- マイルドなインフレは望ましい
- 物価上昇を抑制する手段としてのインフレ目標は有効である
- ゼロ金利では、金利調節でも量的緩和でもインフレは起こせない
- 人為的にインフレを起こすには非伝統的金融政策しかない
というところでしょう。意見がわかれるのはここから先で、何を「非伝統的」な政策とするかが問題です(量的緩和も非伝統的)。かつてクルーグマンは日銀がインフレ目標を「宣言」することによって予想に影響を与える政策を提唱していましたが、これは日銀にインフレを起こす能力がない限り意味がなく、逆に能力があれば宣言する必要はない。彼もいうように、長期債や実物資産などをFRBが買う広義の財政政策を使えば、インフレが起こる可能性は理論的にはあります。
したがって問題は、日銀も開始した不動産や投資信託などを買い入れる財政政策にどの程度の効果とリスクがあるか、という点に集約されます。ケインズが指摘したように、金融政策が無効になっていても財政政策は有効ですが、それには副作用もともないます。日銀が買った資産が値下がりすれば、日銀納付金が減るとか、最悪の場合には赤字が出て政府が補填するので、池尾さんも指摘するように、結局は政府が資産を買っていることになります。
だから「お金を無限に刷ればデフレは止まる」などという話はナンセンスで、問題はそれにどういう副作用があるのかです。日銀が何兆円もリスクを負うことは、最終的には納税者の負担になります。余剰資金が新興国に流出して、バブルを引き起こすかもしれない。財政赤字が世界最悪の状態で、日銀が財政をファイナンスするような姿勢を見せることは、「財政が破綻する」というシグナルを世界に出し、金利上昇など予想外の動きをまねくおそれもあります。
バーナンキにせよクルーグマンにせよ、日本のデフレについては対岸の火事よろしく「ケチャップでも何でもいいから買え」などといっていましたが、自国の問題になると副作用を考えて慎重になっています。日本で「日銀はもっと激しく資産を買え」と主張する人々が、そのリスクにまったく言及しないのは片手落ちです。もう10年近く同じような議論をしているのだから、もう少しバランスの取れた議論を望みたいものです。
コメント
11月3日ニューヨーク時間午後2時15分に、 バーナンキが量的緩和第2弾を11月から始めるかどうか発表します。 大方の予想はYesですから、現在の中・長期の債権もしくは株の価格にこの予想は組み込まれています。 Noと思う方は今すぐこれらの空売りをしましょう。
QE2の予想は次のCNBCのサイトで知ることができます:
http://www.cnbc.com/id/15840232/?video=1612616907&play=1
回答の93%がQE2を予測し、 そのうち86%が発表は11月と予測しています。 規模の予測値の平均は$490Bです。
Noとなったとします。 米国株は下がるはずですし、また円安に動くとおもいます。 そこで日本株はどうなりますか? 10月の動きの逆とすると、 円安の影響の方が米国株との連動より強くて上がりますか?
非伝統的な金融政策を主張される方は、既発国債の発行残高約900兆円に対してどのくらいの含み損を生じるかを考慮する必要があります。 長期金利が4%に上昇した場合には、200兆円以上の含み損が生じます。 さらに金利上昇が見込まれれば、既発国債が大量に売られるでしょう。 これだけの所得移転を一時にするわけです。 インパクトは計り知れません。
従って日銀は物価上昇率がプラスになった途端に引締めざるを得ないでしょう。 なぜなら、これだけの国債発行残高を抱えて、インフレを制御するのは、2トン積みのトラックに荷物を5トン積んでヘアピンカーブを猛スピードで駆け抜けるようなものだからです。
私見ですが、インフレターゲットを1%を超える値にすることには日銀は否定的ではないでしょうか。 10年くらい掛けて構造改革、財政改革を進める以外に道はないと思うのですが。
galois225さん、 量的緩和は長期金利を下げる事を目的として行うのですが、 どうして長期金利が上昇するのでしょうか? また、既発国債の価格は上昇するはずです。 所得移転とは、 中央銀行から既発国債の現在の保持者へですか?
minourat様
デフレからマイルドなインフレにするということをデフレ脱却と定義していますので、インフレに転じたときにインフレをどう制御するかを論じています。 インフレになれば当然のことながら長期金利は上昇します。 インフレ率よりも債権の金利が低くなるということは、通常あり得ません。 インフレに転じれば、現在よりも短期金利、長期金利とも上昇するはずです。
問題は、そうなった場合にどのようなインパクトがあるかで、
長期金利が4%に上昇した場合を考えています。 インパクトが大きければ、当然制御も難しくなるということを言っているつもりです。
galois225さん
さっそくの回答ありがとうございます。
流動性の増加ー>金利の低下ー>インフレー>金利の上昇ー>インフレの圧縮 とつづくはずですが、インフレが起きた時点で流動性が過剰であれば、金利の上昇はおきません。 その時、すでに流動性が過剰でなければ、 金利の上昇がインフレの圧縮をします。この背後には、 中央銀行による流動性の調整を仮定しています。
しかし、 株価のうごきなどをみていると、過剰反応(Overshoot)はしょちゅう起きますから、 懸念される状況が起きないとはいえません。
私は、 発電所等の計算機制御システムの設計・製作をしていたことがあります。 複雑な制御システムは、 パラメタの設定によって安定に動作することもあり、 発散してしまうこともあります。
これらの制御パラメタの決定には、 理論的解析を大切ですし、 シミュレーションによる確認・調整も重要です。 言葉だけによる議論は、 システムのモデルを組むのには必要ですが、 結果を予想することはできません。
人為的な制御がなければ、 発電所のボイラーは簡単に爆発しますし、原子炉は暴走します。ただし、 制御系に誤りがあって事故を起こすことも(確率は小さいですが)あります。 とにかく難しい。
明日のFRBのQE2の発表を予測して、 今日の株価は1%近く上昇しました。
要するに政策、人の力や知恵ではどうにもならない、ということでしょうか。
なら、一つの選択があるだけです…生存権か弱肉強食か。
前者ならベーシックインカムや必要物資の配給制度。
後者なら、多数の餓死者が出ても秩序が崩壊しないよう恐怖や信仰・道徳などの幻想で社会のたがを締めるシステム作り。
どちらにしても急がなければならないのでは?