「光の道」― 残照

松本 徹三

「光の道」を短い期間内に税負担ナシで全国に行き渡らせる為にソフトバンクが考えた出した案が、タスクフォースによって「不確実性が多い」として退けられ、総務大臣をはじめとする政務三役もその線に沿った最終決定を行ったので、これからは、この議論は異なった局面に進む。

ソフトバンク案は本質的には「国策論」だったわけだが、これからは個々の政策論になる。具体的には「NTTの『機能分離』を如何なる方法で実現するか」という問題と、「光回線の価格を引き下げて利活用の拡大に結びつける為にはどのようにすればよいのか」という問題だ。

前者に関しては、3月中にこの為に必要な何らかの法案が国会に提出され、6月には法案の成立が見込まれている。後者については、本質的には行政(総務省)が解決すべき問題であり、今月中にも総務省の原案をベースに審議会に諮問がなされるだろう。(最終的には省令の改正が行われるはず。)

率直に言って、ソフトバンクが提出した「大胆で画期的な提案」が簡単に「門前払い」になってしまった事は残念だった。私とて、この様な提案がすんなりと受け入れられるとは夢にも考えていなかったが、これを機会に色々な問題が白日の下で議論されて、最悪時でもそれが色々な改善案に繋がっていくことには大きな期待を持っていた。

議論されるべきは、「あるべきICTサービスの全体像」と、その為に必要な「国家レベルでの通信ネットワークのグランドデザイン」であり、その中には、「NTTのあり方」や「公正競争のあり方」とぃった事も、当然包含される事になる筈だった。

ここで最も期待されたのは、これらの議論が、「政治主導」の名の下に、これまでの様な事業者側の利害を中心にした議論ではなく、国民(ユーザー)の立場からの議論になり得るかもしれないという事だった。そして、サービス全体のコスト水準を抜本的に下げる為の「建設・保守面での様々な工夫」や、サービス効率を抜本的に高める「通信と放送の完全融合」についても、幅広い議論が徹底的に行われる事が期待されていた。

長い間日本を支配してきた「普通の力学」の下では、こんな事は先ず起こりえない。しかし、民主党政権が誕生して「政治主導」という事を言い出し、「新しい政治のあり方」を考える事に意欲的だった原口前総務大臣と、大胆な発想を事業として実現する事に意欲を燃やすソフトバンクの孫社長が意気投合したことで、「もしかしたら、こういう事も実現するかもしれない」という期待が芽生えていた。

しかし、参院選で民主党が大敗し、総務大臣も代わったことで、この可能性はほぼ消えた。既に議論は矮小化されており、またまた十年一日の如き「ガス抜き」程度の事しか起こらないのではないかという「悪い予感」もする。

ソフトバンクは、この様な国ぐるみの大改革をリードする事に意欲を燃やしたものの、その議論の進め方には「肌目細かさ」が欠けていたと言う人もいるが、それもある程度当たっているかもしれない。我々の意に反して、世の中の多くの人が、今回のことを「NTTとソフトバンクのエゴとエゴとの争い」という程度にしか見ていないという現実は、本当に残念だ。

私自身も、世の中をそれなりに騒がせたこの議論の中で、「理論構築」面ではある程度の貢献はした積りだったが、現実にはそれもあまり役には立たなかったようだ。この事も率直に言って大変残念だ。従って、私自身は、現時点ではもはやこの問題についてあまり時間を使う意欲は持てないが、今回は、これまでの議論の補足として、一点だけ付け加えさせて頂きたい。

それは、「工事費の試算のベースになっている数字」についての議論だが、より本質的には、ソフトバンクの提出した「叩き台」としての「提言」の「性格」についての議論と言うべきかもしれない。

NTTが5兆円以上かかると言っていた「光の道」の実現が、ソフトバンクの試算では3兆円強で出来る事になっていたのだから、タスクフォースが「ソフトバンク案には不確実性が多い」と言うのは当然といえば当然だ。

だからこそ、タスクフォースメンバーがこの「不確実性」を具体的に逐条で指摘し、ソフトバンクがそれに答えるという形で議論が深まっていけばよかったし、9月6日に「NTTが遂に土俵に乗ってくれた」と題する記事を私が書いた時点では、この可能性はないではなかった。しかし、誰に責任があったとは言わないが、現実にはそうはならなかった。

工事費の数字に関連する具体的な指摘が、ずっと後になって或る人のブログに掲載されたのを知ったので、その内容は殆どが誤解の産物であったにもかかわらず、私はこの人の記事を「よい批判記事」と評価し、12月20日付の「光の道―総集編(補遺)」でこれに詳しく反論した。

しかし、「やれやれこれで終わった」と思って、「あとはもうこの件で長い文章を書く必要はあるまい」と思っていたら、また「ある人が『私の説明には矛盾がある』と反論している」と、Twitterで知らせてくれた人がいた。

私は「今更こんなことを『場外(NTTや総務省が参加していないところ)』で如何に議論してみても意味がない」という気持が強くなっていたので、黙殺するつもりだったが、ソフトバンクに好意的な人からも、「反論しなければ『ソフトバンクはろくに計算もしないでいい加減な提案をした』と思われる」と言われたので、ソフトバンクの計算の根拠のみを、下記の通りTwitterで公開した。

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チームは、作業員2人+警備員1人で構成。作業員1人分の月単価は管理費を含めて483,000円(建設物価全国平均+経費)。警備員は一日当たり12,000円とし、月23日稼動で月単価276,000円。パケット車1日あたり5,000円、月23日稼動で月単価115,000円。以上より、1チームの月当たりの作業コストは、(483,000 X 2) + 276,000 + 115,000 で合計1,357,000円となる。

このチームは1日当り平均5件の工事をこなし、月に平均23日稼動するとすれば、月平均115件の工事が出来る事になり、1件当りの工事費は1,357,000 / 115で11,800円となる。これに1件当りの部材費6,241円を足した18,041円が、ソフトバンクの提案書で「宅内引き込み工事費」の試算のベースになっている数字である。

(因みに、部材費6,241円の内訳は、NTT東西の1芯ドロップ90m平均値4,500円に、引き止め金具2セット134円、外皮把持コネクター1,000円、ローゼット500円、その他雑材107円を加えたもの。)

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この様に計算根拠の内訳を説明すると、果たして、今度は、「1月当たり483,000円は安すぎる、自分の手取りは月230,000円だが、会社の財務から言われている経費込みの月当りの実績値は1,000,000円と聞いている」というコメントや、「これがソフトバンクの実績値なら、ソフトバンクは工事業者を締め上げ過ぎだ」「ソフトバンクが工事費についてこんな考え方をしているのなら、現場の意欲は低下する」というような趣旨のコメントが数多く寄せられた。

Twitterでは、その簡便さ故に、色々な立場の人が、それぞれに率直に感じたことを色々言ってくる。中には全く辻褄の合わないことを言って、絡んでくる人もいるので、応対は決して楽しいものとは言えないが、ここから多くの事を学ぶのは間違いない。

Twitterで寄せられたコメントは、この様な金額の問題だけでなく、管理費に含まれるべき費目の内容、元請の機能やマージンの妥当性、設計作業の要否、予期せぬ状況に対する対応の必要性、等々、多岐にわたる。

(上記の数字は、勿論私が自分で計算したわけではなく、常日頃から現場を熟知している担当者達が、マネージメントの要請に従って、実績をベースに算出してくれたものだが、「こんなことを言っている松本さんは、現場を知りませんね」等というコメントまで頂くのだから、Twitterは大変だ。)

また、これとは別に、「1日平均5件の工事がこなせるという前提の計算は甘すぎるのではないか」という議論は、ずっと以前から続いている。これは、本質的な問題で、本来タスクフォースで大いに議論すべき問題だった。その議論の過程において、大都市、中小都市、農村地帯、過疎地、等々に分け、更に、一戸建て、新築マンション、中古マンション、公団住宅、等々にも分けて、詳細にシナリオを作り、加重平均を算出することも必要だった。

(シンガポールでは、国の施策としての新しい形の「計画的工事」が、この面で既に大きな「合理化効果」を生み出していると聞くが、そのやり方についても、当然よく勉強して然るべきだった。)

本来なら、ここで指摘されるような多くの議論が、「5兆円以上」と見積もっているNTTに対しても、「3兆円強で出来る」と言っているソフトバンクに対しても、それぞれになされて然るべきだ。勿論、そこで白黒をつけるとか、国が何かを強制するというのではないが、こういう手順を踏む事によって、論点が次第に明らかになり、議論の本質が浮かび上がってきていたと思うからだ。しかし、残念ながら、「場内」ではそういう事は結局起こらず、「不確実姓が多い」という一言で全てが片付けられてしまった。

そもそも、現在実際に仕事をしているのはNTTであって、推論に基づくしかないソフトバンクの試算が初めから正確であるという事など期待すべくもない。しかし、本件の本当のポイントは、国の大方針に従った5年間にわたる「計画的な工事」によって、これまでは考えても見なかったような「発想の転換」による「徹底的な合理化」がなされ、それによって「全てのコストの大幅な低減」が実現できる可能性が本当にないのかどうかを見極める事だったのではないだろうか? 

私の理解は、これこそが、ユーザーの声なき声に応えるべき、国の責務なのであり、ソフトバンクの使命は、そのような作業を可能にする為の議論のベースを提供する事にあったという事だ。ソフトバンクは、不十分は不十分なりに、それなりの努力をして、出来る限り見積りに正確を期す一方、工事のやり方や減価償却の方針について具体的な提言をした。提言の内容は、妥当だったかもしれないし、そうではなかったかもしれない。しかし、「全く検討の価値がない」とまでは、誰も言えなかった筈だ。

これらの努力の結果が、今後の議論においても何らかの役に立つことを、今は秘かに期待しているしかない。

PS:

1)私の記事は、解説を交えて網羅的に説明しようとするので、どうしても長文になってしまいます。少しでも短くするために、今年から「です」調をやめて「である(だ)」調にしました。

2)私の過去のキャリアーをもう少し詳しく知りたいと思って頂く方がおられる事を知り、また、「頭が呆けないうちにメモを作っておこう」という自分の思いもあったので、昨年末に「私の履歴書」なるものを書きました。ご興味のある方はお暇を見てご笑覧ください。

http://profile.livedoor.com/matsumototetsuzo 又は http://sp.rainbowapps.com/ted

コメント

  1. livedoon2 より:

    2010年は「光の道」という言葉をtwitterやアゴラで見るたびに、とてもわくわくしておりました。

    光の道が早期に実現され、回線料がより安価になることに、かなり期待を寄せておりましたので、その「光の道への道」が政治的な問題に阻まれ閉ざされてしまった事は、とても残念です。

    しかし、少なくともこれまでの議論の過程で、光の道の定量的な評価が行われたり、NTTの社内構造の評価が行われたことは、
    この後の議論のまさに本質となるところだというのは、関係者、世間一般の多くの人に認知されたのではないでしょうか。

  2. lotus_8 より:

    以前より「光の道」に興味があり、松本さんや池田信夫さんの記事を読ませていただいていました。
    松本さんの記事に度々失望させられるのは、今回の記事にもあるように「事業者側の利害を中心にした議論ではなく、国民(ユーザー)の立場からの議論になり得るかもしれない」と言いながら「今更こんなことを『場外(NTTや総務省が参加していないところ)』で如何に議論してみても意味がない」という気持が強くなっていたので、黙殺するつもりだった」などと平気で言ってしまうところです。
    本当に国民の立場からの議論を期待するなら技術に明るくない一般の人達や構想の実現に疑問を持つ人達にも何度でも説明をしていくべきではないでしょうか。
    たとえ「ソフトバンクに好意的でない」人に対しても無視するのではなく。
    正直、一ソフトバンクユーザーとしてソフトバンクには、「あるべきICTサービスの全体像」「国家レベルでの通信ネットワークのグランドデザイン」などという前に、恒常化しているソフトバンクユーザーの不満に対してやるべき事をまず今すぐやってもらいたいのですが。
    ソフトバンクの提案する「光の道」は本当に実現するならばとても素晴らしいことだと思っていました。
    しかし今回このような結果となったことから、今後は孫社長がおっしゃっていた「ソフトバンク単独でも光の道を実現させる」の行方をしっかり見守っていきたいと思っています。

  3. morgan1000jp より:

    lotus_8様へ

    >今後は孫社長がおっしゃっていた「ソフトバンク
    >単独でも光の道を実現させる」の行方をしっかり
    >見守っていきたいと思っています。

    私は、
    (NTTの光網を新会社に移行してくれたら)「ソフトバンク単独でもやる 」
    と理解してました。
    SBの「新会社案」がTFで相手にもされなかったことから、今後SBが単独でFTTHサービスをする可能性はほぼ無いと思います。
    YBB光も止めていますし。
    「タダ」で出来る口先介入は今後も続くと思いますが、結局フレッツの代理店が関の山でしょう。

    この前の「SBM障害、NTTコムが原因事件?」を見ても解るように、結局NTTグループに寄生するしかない
    企業だと私は見てます。