必要なのは「成長幻想」を捨てること

池田 信夫

このごろアゴラで論争があまりないので、松本さんの記事に反論してみましょう。この記事は前半で「ゼロ成長でいい」と書いてあるのに、後半では「経常収支の黒字が必要」と書いてあって矛盾しています。今年度の経常収支は赤字になる見通しで、これを黒字にするためには少なくとも今ぐらい(年率1%程度)の成長率は必要です。


「ゼロ成長」で同じ生活水準が維持できるというのも錯覚です。以前にこども版にも書いたように、日本は急速に高齢化しているので、あと25年で国民負担率は50%を超えます。つまりゼロ成長では可処分所得は半分以下になるのです。

人口減少そのものは止められないので、まず必要なのは労働生産性の向上です。政府は「毎年20万人の移民受け入れ」を検討しているようですが、それより前に必要なのは、雇用を流動化して内需部門に労働人口を移動することです。正社員の既得権を守って非正社員を規制する厚労省の政策は、八代尚宏氏もいうように、減反カルテルで米価を吊り上げる一方、農産物自由化を拒む農業と同じで、労働移動を阻んでいます。

しかし労働生産性を向上させても、消費の旺盛な生産年齢人口が減ることによる需要不足はどうにもならない。これはフローのGDPだけ見ていてはだめで、極端に偏在しているストックの再分配が必要です。今は金融資産の60%を60歳以上が保有しているのに、公的年金が貧しい現役世代から豊かな高齢者に再分配される逆分配になっています。

所得収支の黒字で貿易赤字をカバーしてきたのは、高度成長の「貿易立国」の時代に蓄積してきたストック(対外純資産)のおかげですが、経常収支が赤字になったということは、この貯金を食いつぶし始めたということです。貿易立国に戻ることは不可能なので、必要なのは資本のグローバル化で所得収支を上げるとともに、その資産を再分配する政策です。消費税や相続税を引き上げ、年金支給開始年齢を引き上げるなどの財政改革が必要です。

必要なのは成長をやめることではなく、成長幻想を捨てることです。長期雇用や年功序列、高齢者に偏した社会保障などは「明日はみんなが今日より豊かになる」という前提でできたしくみですが、それはもう維持できない。フローの成長が停滞しても、ストックの再分配で需要不足を補う政策が必要です。そのためには労働・資本市場を効率化し、今ぐらいの成長率は維持する必要があります。