我々の時代のための平和
1938年9月30日ミュンヘン会談を終えたイギリスのチェンバレン首相は成果であるミュンヘン協定を評価して
I believe it is peace for our time
これは我々の時代のための平和であると信ずる
と述べて、戦争回避を歓迎しました。しかしナチスドイツはミュンヘン会談から一年も経たぬ内にポーランドへ侵攻、第二次大戦が始まることとなります。結果的にこの言葉は一時的な妥協である宥和政策が平和をもたらすばかりでないことの象徴として後世に記憶されることとなります。
先日南北朝鮮の首脳会談がおこなわれ、朝鮮半島の非核化や朝鮮戦争の終結を目指すなど和平ムードが米朝会談を前にして醸成されつつあります。日本が外交的に蚊帳の外に置かれているといった批判もあるようですが、関係諸国がみな融和的姿勢に転じるのは外交政策上は危険であり、日本が冷静な姿勢で非核化の着実な推進を強く訴えるという立ち位置は非常に賢明に思われます。
Peace for our time というのは第一次大戦を経験して、「我々の世代ではなんとか平和を維持しようではないか。」という当時のイギリス政府の気持ちがこもっているのです。残念ながら目前の平和を安易に撰択しても新たな戦争は避けられませんでした。
次の時代のための幸福?
もちろん、これは結果を見た後で判断が誤っていたと言っているだけで、実際は不確実な将来を予測して正しい政策を実行することは簡単ではありません。しかし我々は歴史から学ぶこともできます。
「目の前の確実な利益を得る替わりに、将来における大きな損失を被るリスクを抱える」
という選択肢にどう対処すべきかということです。
これには簡単な答えはありません。現実問題として将来の損失の大きさおよびその損失が発生する確率を正確に知ることができないため、今日の時点での「予想される損失」が計算できないのです。また仮にそのような計算ができたとしても、不確実に発生する損失を今日の段階で得られる確実な利益と正確に比較できるのか?という問題が残ります。これは我々の社会がどのようなリスク受け入れる素地があるのか、いわゆるリスク許容度がどのようになっているかが不明だからです。
目の前の平和や繁栄を大切にすのか、それとも将来世代の繁栄や幸福を追求するべきか
これは金融財政政策でも同じことが言えます。
金融緩和策と財政拡大を続ければ、あと数年は(かなりの高い確率で)景気の拡大が続くでしょう。しかし、その後の金融の出口政策や財政再建に失敗した場合の「将来の損失」は非常に大きいものとなります。話が複雑なのは拡大金融・財政が失敗する確率およびいつ頃顕在化するかの計算が非常に難しいことです。
今後の政策議論は財政政策が鍵となるか
日銀は金曜日の政策会合にて物価2%の達成時期を削除しました。
また総裁選を巡って野田聖子総務省が金融政策の転換について持論を述べました。
総裁選に意欲を示す石破氏もさらなる金融緩和には否定的であり、なにより日銀自身が達成時期を明言しなくなったため、今後の政策論議は金融政策は現状維持を前提に進められるのではないでしょうか。
こうなってくると19年10月に予定されている消費税増税の環境は一段と難しくなってきました。
- 19年10月の増税実施時期には物価上昇2%が達成されていない可能性が高い。
- したがってインフレに伴う実質金利の引き下げという金融緩和政策による後押しが期待できない。
- 米国の景気動向次第でグローバルな景気下振れリスクが大きくなっている。
もちろん消費税増税のインパクトを軽減する追加の財政政策は行われるのでしょうが、それでも景気後退期に増税をするのは避けたいところです。
「目の前の確実な景気対策を採り、将来における財政赤字累積によるリスクを許容するか」
政治家として非常に難しい判断が求められる局面です。
総裁選での候補者同士および国会予算委員会における与野党議員による活発な議論が期待されます。
編集部より:このブログは与謝野信氏の公式ブログ 2018年4月29日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は、与謝野信ブログをご覧ください。