北側の「本音」が飛び出してきた

長谷川 良

韓国聯合ニュース(日本語版)によると、北朝鮮の朝鮮労働党機関紙「労働新聞」は31日付で、南北間の経済協力事業の再開を促す記事を掲載し、その中で「南北間の鉄道と道路連結に向けた実務協議、軍事会談の開催、卓球の国際大会での南北合同チームの優勝、南北離散家族の再会行事準備など」を挙げ、「関係改善へ勢いある実践的な流れにつながるものでなく、雰囲気作りにとどまっている。北と南の間でいくつかの事業が行われているが、うわべだけにすぎず、実があるものはほぼない」と不満を露にしている。具体的には、閉鎖された北の開城工業団地や金剛山観光事業の早急な再開を韓国側に要求しているものと受け取られている。

▲「徒歩の橋」で会談する文在寅大統領と金正恩委員長(南北首脳会談プレスセンター提供、2018年4月27日)

▲「徒歩の橋」で会談する文在寅大統領と金正恩委員長(南北首脳会談プレスセンター提供、2018年4月27日)

上記の記事で「南北間の関係改善が雰囲気作りに留まっている」という個所を読んだ時、少し笑ってしまった。「南北間の関係改善」という個所を「(北が約束した)非核化」に置き換えれば、「北の非核化はうわべだけに過ぎず、実質的な対策は取られていない」という文が直ぐに頭を過ったからだ。

労働党機関紙は、南北間の融和政策を主導する韓国の文在寅大統領に「口だけではなく、実質的な経済支援を早急に実施せよ」と恐喝しているわけだが、そのテキストには、北側の本音が出ている。簡単にいえば、「花より団子」で、「融和を唱えるだけではダメ、早く支援を」ということになる。金正恩労働党委員長の本音だろう。

ちなみに、 韓国銀行(中銀)が7月20日に公表した推計値によると、昨年の北の国内総生産(GDP)は前年比3.5%減少し、国際的な制裁の影響により1997年以来の大幅なマイナス成長を記録したという。

一方、文在寅政権も苦しい。融和政策を提唱し、南北間の信頼醸成に乗り出したが、北側は非核化には余り熱心ではなく、経済支援を要求しているからだ。韓国が一方的に対北制裁を解除すれば、「韓国は国際社会の約束を破った」ということになり、北の非核化が実現しなかった時、韓国はその責任を追及される羽目になる。

韓国側は北制裁を一方的に解消できないことを認識している。聯合ニュースによると、「韓国統一部は、開城工業団地進出の韓国企業関係者153人が申請した同団地訪問を許可せず、保留した」という。韓国側は懸命に対北制裁を維持しようと努力しているわけだ。

問題は、韓国はいつまで対北制裁を維持できるかだ。北側からは「いつ経済支援をしてくれるのか」といった圧力が日増しに強まる一方、日米からは「対北制裁の維持」への圧力が高まる。すなわち、韓国は北と日米の両方から圧力にさらされているわけだ。

文在寅政権は北が非核化するまで何もせずに眺めているわけにはいかない。金正恩氏への約束もあるから、実質的な支援の道を模索してくるはずだ。トランプ政権は対北制裁の維持ではまだ妥協を見せていないし、日本は対北制裁の維持こそ北を非核化に追い込めると信じているので、非核化前に経済支援などの制裁解除は考えられない。北側が日本拉致者の返還を提案したとしても、対北制裁の解除は北の非核化が前提条件となるから目下考えられない。

韓国側が今模索している道は中国カードだ。中国は米朝首脳会談で北が非核化を約束したのだから、対北制裁も段階的に解除すべきだという立場を取っているからだ。実際、米朝首脳会談前後から中国から北への旅行者が増加している。人的交流は既に活発化してきている。

聯合ニュースによると、青瓦台(韓国大統領府)の高官は31日、中国の外交を統括する楊潔チ・共産党政治局員が極秘に訪韓したことを認めている。中国高官の訪韓は、①終戦宣言について、中国の参加問題、②最新鋭地上配備型迎撃システム「高高度防衛ミサイル(サード)」の在韓米軍配備に対する中国の「報復」解除などが話し合われたとみられているが、対北制裁の解除の時期についても議題となったのではないか。それゆえに、韓国側は31日まで中国外交トップの訪韓を公表しなかったのではないか。

いずれにしても、北の要望を受け、韓国は対北制裁解除の道を様々な外交ルートを駆使して模索してくることが予想される。日米は韓国側に対北制裁維持へ更に圧力を強めなければならない。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2017年8月1日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。