(その2から続く)
前回の記事では、パナソニックが、他社のフルサイズ一眼ユーザーを「LUMIX Sシリーズ」に鞍替えさせる方法として、メディア露出の多いカメラマンに、タダであげてしまうことを提案した。
実は、これに近いことを、私は経験しているのである。
私が鉄道写真を撮り始めたのは、5歳の時だった。撮影には、家にあった「ミノルタ HI-MATIC AF」という、38mmF2.8レンズが固定された、レンズ交換のできないカメラを使った。鉄道写真に多用される望遠レンズが使えるわけではないので、主に、駅のホームなどで、停車している列車を撮影していた。
私が最初に導入した一眼レフは、1987年に発売された、キヤノンEOSの初号機「EOS650」だった。ズームレンズ2本「EF35-70mmF3.5-4.5」、「EF70-210mmF4」とともに導入した。
昨年の記事で書いた通り、「EOS650」は、本来の予定よりも前倒しで市場に投入されたため、完成度が高いとは言い難かった。外観を見れば一目瞭然だが、操作性に定評のあるEOSならではのモードダイヤル(ボディ左肩にある)がまだない。
モードダイヤルが採用されたのは、1990年発売の「EOS10QD」が最初だったようだ。以降、プロ機「EOS-1系」以外のEOSの多くの機種には、モードダイヤルが採用され続けた。「EOS650」開発時には、キヤノンはオートフォーカス一眼レフの操作性に関して迷いがあり、試行錯誤していた節が伺える。
「EOS650」は、連写速度が遅かった(3fps)り、動体予測オートフォーカスがなかったりしたものの、鉄道写真撮影に多用する望遠レンズを使えるのはありがたかった。しばらくして、サードパーティ(シグマ)製の400mmF5.6超望遠レンズも導入した。東海道本線 根府川−早川間のS字カーブ付近で、雨の中、東京へ向かうブルートレイン「富士」を撮影した写真が、学研のカメラ雑誌「CAPA」に掲載された。
中学3年生の時、「CAPA」のモニタープレゼント企画に応募した。一眼レフ「キヤノンEOS-1HS」と高級標準ズームレンズ「EF28-80mmF2.8-4L USM」が貸し出され、しばらく使用した感想のレポートを提出した後には、このカメラとレンズが貰えるという企画であった。ダメもとで応募してみたら当選したので、私は狂喜乱舞した。キヤノンが本気で開発したプロ機だけあって、「EOS650」とは比較にならないくらい性能が高かった。
これを機に、私は各鉄道誌で、キヤノンの機材で撮影した鉄道写真を発表してゆく(撮影に使ったカメラとレンズの名前を写真に併記するのが一般的)。現在まで、30年以上、キヤノンEOSを使い続けてきた最大の要因は、キヤノンに、一眼レフの最高機種をタダで貰ったことなのである。当時、鉄道写真界で無名だった中学生に、気前良くプロ機と高級標準ズームレンズ(合わせて40万円弱)をプレゼントしてくれたキヤノン販売(現 キヤノンマーケティングジャパン)と学研CAPA編集部の関係者各位には、改めて深く御礼を申し上げたい。
キヤノンEOSの操作性の良さに惚れ込んだ私は、新たにレンズ交換式カメラで写真撮影を始めたいという人から、機種選定のアドバイスを依頼されると、撮影対象や予算を尋ねた上で、キヤノンEOSシリーズから、その人にふさわしいカメラとレンズを推薦することが多くなった。
キヤノンは、プロ機である「EOS-1系」から、エントリーモデル「EOS Kiss系」に至るまで、幅広く機種を取り揃えている。そのため、撮影者の目的や予算に応じて、最適な機種を選びやすい。
一方、パナソニック 商品企画部 第一商品企画課 課長の伏塚浩明氏は、デジカメWatchのインタビューに対し、
LUMIX Sはプロフェッショナルを想定しており、すでに市場にあるフルサイズミラーレスとはターゲットが異なると考えています
と回答している。ミラーレス一眼のエントリーモデルから中級機は、既にあるマイクロフォーサーズ規格の「LUMIX Gシリーズ」が担うので、「LUMIX Sシリーズ」は、プロ機しか作るつもりはないようだ。
フルサイズミラーレス一眼市場を開拓したソニーの機種の重大な欠点は、防塵・防滴性能が弱いことであることは、既に多くのユーザーから指摘されている。砂漠の砂嵐や、台風などの暴風雨の中、北極や南極などの寒冷地で使用しても、間違いなく本来の性能を発揮できる設計が、プロ機には求められる。防塵・防滴性能や寒冷地での使用に際しても、パナソニックは万全の対策を施しているようだ(詳しくは下記動画)。
パナソニックは、最初に発売する3本のフルサイズミラーレス一眼用レンズのうち、標準ズームレンズと望遠ズームレンズに関しては、レンズの明るさ(絞り開放の数値)をまだ明らかにしていない。普通に考えれば、24-105mmレンズの明るさはF4、70-200mmレンズの明るさもF4だと思われるが、敢えて隠しているところに、何らかの意図を感じてしまう。
カメラ界に様々な憶測を飛び交わせることにより、注目を集める戦術であろうか? 興味は尽きない。
長井 利尚(ながい としひさ)写真家
1976年群馬県高崎市生まれ。法政大学卒業後、民間企業で取締役を務める。1987年から本格的に鉄道写真撮影を開始。以後、「鉄道ダイヤ情報」「Rail Magazine」などの鉄道誌に作品が掲載される。TN Photo Office